27歳で年間500億を背負い、独立の翌年に一文無しになった——御子柴正武(オフィスホクレア)が60社の顧問でたどりついた「人間力」 – ZEROWORKS(ゼロワークス)
EXECUTIVE INTERVIEW
No.014
EXECUTIVE INTERVIEW

27歳で、500億。いま、60社に伴走

COMPANY
オフィスホクレア合同会社
NAME
御子柴 正武
CATEGORY
広告・マーケティング
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約27分 / 全8章
64 Views#マーケティング#CRM#経営顧問

27歳で、年間500億円。

それが、御子柴正武さんがソニー株式会社で背負っていた数字です。ウォークマンの国内マーケティング責任者。続いて、デジタルカメラの責任者。商品の企画も、色も、価格も、生産台数も決める。そのうえで、売上の責任を持つ。

「他社がどうか、新商品がどうか、マーケットがどうか。それらを全部把握しながら、自分で計画を立ててやっていました」

その御子柴さんが、社会に出るまで打ち込んでいたのは、テニスでした。

小学生の頃、神宮にボールとラケットを持って通い、毎朝と毎晩、壁を相手に打っていた。それを見ていたコーチにスカウトされ、中学2年でコーチの家に下宿します。インターハイ、インカレ。全国のレベルで戦う選手になりました。

プロになるか、社会人になるか。その分かれ道で、ラケットを置いています。

「テニスの世界では全国レベルまでいけた。じゃあサラリーマンで全国レベルで勝つにはどうするか、と考えたんです」

出した答えが、当時、就職人気ランキング1位だったソニーでした。しかも、ソニーがその年に初めて始めた職種別採用の1期生として、マーケティング部門に入社しています。

ウォークマン。サイバーショット。VAIO。ソニータブレット。そして、会員サービスを一元化した「My Sony Club」の立ち上げ。日本のものづくりの、いちばん華やかな時代のど真ん中を、この人はマーケターとして歩いています。

その後、シナジーマーケティングで東京支社長、ハーマンインターナショナルで事業部長としてJBLを15億円から60億円へ。Bluetoothスピーカーとヘッドホンで、古巣のソニーを抜いて日本一になりました。

2019年7月1日、独立。オフィスホクレア合同会社を東京・中野に構えます。

そして翌年、コロナで、一文無しになりました。

「翌月の給料が、急になくなるんです。ローンもあって、子供の授業料もあって」

60社。それが、独立してから現在までに御子柴さんが顧問として入った企業の累計です。大企業の看板を外したあとの7年間で積み上がった数字が、いまの御子柴さんの現在地を表しています。

華やかな経歴の人の話、として聞き始めた取材は、途中から、まったく別の話になりました。

「楽して儲ける、楽して生きていくんじゃなくて、辛い方を選んでいけ。苦労する方を選べ。それが血となり肉となる」

01
SECTION 01

マーケティングと人間力で、日本の企業を元気にする

オフィスホクレア合同会社は、東京都中野区南台にあります。創業は2019年7月1日。御子柴さんが独立して立ち上げた会社です。

ウェブサイトのいちばん上に、大きく一行だけ掲げられている言葉があります。

「マーケティングと人間力で、日本の企業を元気にする!」

マーケティング会社のコピーとしては、少し珍しい並びです。「人間力」という、数字で測れない言葉が、真ん中に入っている。

Qまず、いまどのような事業をされているのでしょうか?

CRM関連と、マーケティング関連の顧問です。

企業の部門のなかに入って、その部門の課題解決を一緒にやります。週1回から月2回くらいのペースでミーティングをして、ハンズオンで動きます。

Qこれまでに何社くらいを見てこられたのでしょうか?

マーケティング顧問としては、累計で60社ですね。

会社としての事業は、大きく3つに分かれています。1つめが、マーケティング・CRM戦略。マーケティング戦略とブランド戦略の策定、新規事業の立ち上げ支援、市場調査や競合分析、広告・プロモーションの企画と運用支援。そしてCRM戦略の策定と実行支援。顧客データの分析とセグメンテーション、CRM/MAツールの導入と運用ディレクション、カスタマージャーニーの設計まで含みます。営業戦略と営業力強化の支援では、営業同行によって現場の実態を把握するところまで入ります。

2つめが、インターネット関連サービス。通信回線の選定・手配から、ルーターやビジネスフォンの導入、LAN工事やネットワーク配線といったITインフラの整備。そして、コーポレートサイトやECサイトの企画・制作、Web広告の運用代行、SEO対策とアクセス解析までのWebインテグレーション。

3つめが、その他事業。情報通信・セキュリティ、クラウド、生成AIソリューション、ウォーターサーバー、化粧品や理美容製品などを扱う代理店事業。ハワイ関連の商品や暮らしの雑貨を扱うEC事業。そして、テニスのプライベートレッスンです。

Q戦略の提案だけで終わらせない、という形なのでしょうか?

戦略を絵に描いた餅で終わらせないこと。これが大事だと思っています。

同社が自ら挙げる強みは3つあります。「個客目線の戦略設計・実行支援」「専門性をかけ合わせた提案力」「サービスの柔軟性と多角性」。

このうち2つめは、ITインフラとWebマーケティングの両方に強みを持つからこそ、業務効率化と集客力強化を同時に扱えるという意味です。そして3つめには、こう書かれています。「代理販売からスポーツ指導まで、常に“必要とされる役割”を柔軟に担います」。

マーケティング会社が、テニスのレッスンをやっている理由は、この記事の後半で明らかになります。

「ひとくくりでとらえる『顧客』ではなく、もう一歩踏み出して、お客様一人ひとりにつながる」

御子柴さんの会社が使うのは、「顧客」ではなく「個客」という字です。

企業理念には、こう書かれています。「個客目線に立って、お客様の内なるニーズ(こんなことできたらいいよね?)を見いだし、新たなサービスやサポートを創造しお客様へ提供(支援)することにより、お客様の期待や想像を超えた喜びと満足そして感動を与え、心豊かに夢にあふれる未来社会に貢献します」。

社名の「ホクレア」は、ハワイ諸島の真上を通る、うしかい座の1等星アルクトゥルスの呼び名です。ハワイ語で「ホク」は星、「レア」は喜びや幸せ。タヒチから新天地を求めて海に出たハワイアンの祖先が、この星を頼りにハワイ諸島にたどり着いたと言われています。楽園への道しるべ。転じて、「目指すべき場所」「高みにある希望や憧れ」。

そして御子柴さんは現在、もう1社の代表も務めています。2022年1月創業の株式会社Waipuna。東京・西新宿に本社を置き、御子柴さんが代表取締役社長CEOです。

こちらの社名も、ハワイ語です。「Wai(ワイ)」は水、そして宝物。「puna(プナ)」は泉。直訳すれば「湧き水」。雨が山から大地へ浸み込み、ろ過されて、湧き水としてまた新しく生まれる。その循環に、「スピリット(魂、勇気、情熱)の源」「新しく生まれる」という意味が込められています。

星と、湧き水。2つの会社の名前は、どちらもハワイの言葉から取られています。

02
SECTION 02

神宮の壁

話は、小学生の頃にさかのぼります。

Q若い頃は、どんな方だったのでしょうか?

小学生の頃に、神宮にボールとラケットを持って行って、毎朝・毎晩、壁打ちをしていたんです。

そうしたら、テニスのコーチにスカウトされました。それで、中学2年でコーチの家に下宿して、テニス三昧の生活になりました。

Q中学2年で、ご家庭を離れられたのですか?

そうです。そこからはずっとテニスです。インターハイにも、インカレにも出ました。

いま、御子柴さんは公益社団法人日本プロテニス協会の公認プロテニスコーチです。会社の「その他事業」にテニスのプライベートレッスンが並んでいるのは、そのためです。初心者から中・上級者まで、1対1のレッスン。部活動やサークルへのコーチ派遣。ヒッティングパートナー。

少年時代に神宮の壁に向かってボールを打っていた人は、いまも同じ競技の現場に立っています。

Qプロになる、という選択肢もあったのでしょうか?

プロになるか、社会人になるかのタイミングで、テニスを辞めて社会人になりました。

テニスの世界では、全国レベルまで行けたんです。じゃあ、サラリーマンで全国レベルで勝つにはどうするか、と考えました。

ここが、御子柴さんの選び方をいちばんよく表している一節かもしれません。

「好きなことを仕事にする」でも、「安定を取る」でもない。全国レベルで戦っていた人間が、次の戦う場所を探した。物差しが、最初から「勝てるかどうか」ではなく「どこで勝負するか」に向いています。

Qそして、その答えがソニーだったのですね?

当時、就職人気ランキングでNo.1だったのがソニーだったんです。

ソニーがちょうど、初めて職種別採用というものをやっていて。その1期生として、マーケティング部門に配属されました。

「テニスでは全国レベルまで行けた。じゃあ、サラリーマンで全国レベルで勝つにはどうするか」

03
SECTION 03

27歳、500億円

配属されたマーケティング部門で、御子柴さんは2年間、現場に出ます。そのあとに任されたのが、ウォークマンでした。

ソニーの、看板そのものの商品です。

Q入社して、どのようなお仕事を任されたのでしょうか?

入社して2年は現場でした。その後、ウォークマンの国内責任者、そしてデジタルカメラの責任者になりました。

商品の企画、色、価格、生産台数を決めます。そして、売上の責任を持っていました。

Qどれくらいの規模だったのでしょうか?

年間500億円の売上を作るためにどうするか、という仕事です。

27歳で、500億を追っていました。

他社がどうか、新商品がどうか、マーケットがどうか。そういうものを鑑みながら、自分で計画を立てて、やっていました。

27歳。同年代の多くが、まだ自分の担当範囲の輪郭をつかもうとしている年齢です。

そこで御子柴さんは、色を決め、価格を決め、何台生産するかを決めていた。マーケティングという言葉が、「広告を打つこと」でも「調査をすること」でもなく、「事業をまるごと設計して、数字に責任を持つこと」として体に入っている。この時期に身につけたものが、いまも御子柴さんの仕事の骨格になっています。

Q基本的な考え方をつくったのは、その時期だったのでしょうか?

基本的な考え方をつくったのは、ソニーです。

「27歳で、500億を追っていました」

04
SECTION 04

出向、そして奪還

30歳になった頃、御子柴さんは社長から、ある言葉をかけられます。

Q30歳の頃に、転機があったと伺いました?

社長から「うちのマーケティングって、世の中で戦える力があるか試してこい」と言われて、日本総研へ出向になりました。

そこで、大正製薬のリポビタンDとか、食肉のターキーのマーケティングとかをやりました。女性向けのリポビタンDのマーケティングは、全部やらせてもらいました。

自社の看板を外して、他社の商品で戦ってこい、という指示です。ソニーという名前が通用しない場所で、自分のマーケティング力が通用するのかを確かめる。1〜2年、御子柴さんは外に出ています。

Q戻られてからは、何を任されたのでしょうか?

戻ったら、「デジカメがキヤノンに負けたから」と言われデジカメのマーケティング責任者を任されました。それで1年後にはシェア1位に戻しました。

そのあとに「5年後のソニーを考えろ」と言われて、CRMの企画を出しました。責任者として2年半、進めました。

このCRMの企画が、後に「My Sony Club」という形になります。ソニーの会員サービスを一元化する、当時としては大きなプロジェクトです。御子柴さんは、その立ち上げで陣頭指揮を執りました。

商品を売る仕事から、お客様との関係そのものを設計する仕事へ。ここが、いまの御子柴さんの事業の原型になっています。

Qその後は、VAIOだったのですね?

パソコンのVAIOが国内売上1000億を切ったので、「戻してこい」と言われて、1年後に売上1000億に戻しました。

それから、ソニータブレットの企画とマーケティングを全部やって、1年で90億円を作りました。

ウォークマン、デジタルカメラ、CRM、VAIO、タブレット。並べてみると、御子柴さんが任されてきたのは「立ち上げ」か「立て直し」のどちらかです。

順調に回っているものを引き継いだ経験が、ほとんどない。負けた市場を1位に戻す、割り込んだ数字を押し上げる、5年後を考える。そういう役回りばかりを渡されてきた人です。

「デジカメがキヤノンに負けたから、と言われて、1位に戻しました」

05
SECTION 05

ソニーを、抜く

2012年、御子柴さんはソニーを離れます。

Q転職のきっかけは何だったのでしょうか?

5年くらいラブコールを送ってくれていた会社があって、そこに行きました。2012年です。東京支社長をやりました。

移った先は、CRMのシナジーマーケティング株式会社でした。2013年2月、御子柴さんは池袋サンシャインシティで開かれた「マーケティング・テクノロジーフェア 2013」に、同社の営業部長兼東京支社長として登壇しています。

講演のタイトルは、「『顧客を知る』から『顧客を超える』これからのCRM 〜顧客の行動・嗜好の本質を理解したマーケティングへ〜」。

顧客の属性や行動履歴を知るだけで終わらず、顧客インサイトに迫り、嗜好の本質を理解する。13年前のこのタイトルに、いまの御子柴さんが語る「お客さんが自分の言葉にできない本当の課題」という言い方が、すでに顔を出しています。

Qそこから、また移られたのですね?

シナジーマーケティング株式会社がYahooに買収されることになって、そのタイミングで転職しました。

次に入ったのが、ハーマンインターナショナル株式会社で、JBLなど多くのブランドを擁するオーディオメーカーです。15億を60億に伸ばしました。

Qどのような結果になったのでしょうか?

Bluetoothのスピーカーとヘッドホンで、ソニーを抜いて実売シェアトップになりました。

自分がウォークマンを担いでいた会社を、外から抜いた。

この一行を、御子柴さんはとくに力むでもなく、事実として口にします。ただ、キャリアの意味としては相当に重い。ソニーで学んだマーケティングが、ソニーの外でも、ソニー相手にも通用することを、自分で証明してしまったからです。

「Bluetoothのスピーカーとヘッドホンで、ソニーを抜いてトップになりました」

御子柴 正武
Bluetoothのスピーカーとヘッドホンで、古巣のソニーを抜いてトップになりました。
06
SECTION 06

一文無し

2019年、御子柴さんは独立します。

Q独立されたのは、どのような考えからだったのでしょうか?

これまでの経験をベースに、課題を抱えている企業のマーケティングを支援できないか、と思って独立しました。これが2019年です。

創業日は2019年7月1日。オフィスホクレア合同会社。ソニー、シナジーマーケティング、ハーマンインターナショナル。3社で積み上げてきたものを、自分の名前で誰かを支える仕事に変える。ここまでは、よくある独立の物語です。

問題は、その次に起きたことでした。

Q独立されてから、いちばん苦しかったのはいつでしょうか?

コロナで、仕事が何もなくなったときです。

独立して半年ほど経過し顧問契約が数社取れたところでコロナになって、全部、顧問契約が終了になりました。一文無しです。翌月の給料が、急になくなるんです。

独立して1年経たないうちに、積み上げた契約がまとめて消えた。ローンがあり、子供の授業料があり、収入がゼロになる。大企業で500億を動かしてきた経歴は、このとき、1円も守ってくれませんでした。

Qそこから、どうされたのですか?

コロナで外出ができなかったので、色々な商品を仕入れてインターネットで売ろうと思いました。2020年の4月に、ECのセレクトショップのようなものを立ち上げました。

ハワイアンコーヒーのような、海外で流行っているものを仕入れて売りました。

顧問業ができないなら、モノを仕入れて売る。判断から実行まで、おそらく数週間です。

このとき立ち上げたのが、現在も続く「ホクレアオンラインストア」です。ハワイのコーヒー、紅茶、はちみつ。ハワイ雑貨、入浴剤。いまはYahoo!ショッピングにも「ホクレアオンラインストア Yahoo店」を出していて、会社の事業の一本になっています。

緊急避難として始めたものが、6年経って事業として残っている。会社案内の「サービスの柔軟性と多角性」という強みは、この時期に否応なく身についたものだと考えると、言葉の重みが変わってきます。

Qその経験から、学ばれたことはありますか?

独立してすぐの頃は、忙しくて仕事を断ったこともあったんです。でも、もう絶対に仕事は断らないと決めました。

ただ、断るものもあります。「ソニーの役員を紹介してほしい」というような、人脈狙いで来られる場合です。

Qそれは、なぜでしょうか?

ただ紹介するだけ、というのは嫌なんです。

何人か繋いでいって、相手に迷惑がかかると思って、やめました。

ここが、御子柴さんのおもしろいところです。

「絶対に仕事は断らない」と「これは断る」が、同じ口から同時に出てくる。一見矛盾していますが、基準は一貫しています。自分が食べるために断らないのではなく、相手に迷惑がかかるかどうかで決めている。一文無しを経験した直後の人が、それでも持ち続けた線です。

「絶対、仕事は断らない。ただ、人脈狙いで来られたら断ります」

07
SECTION 07

二つの判断軸と、人間力

御子柴さんには、マネジメントとして判断するときの軸が2つあります。

Q判断を迫られたとき、何を基準にされているのでしょうか?

2つあります。

1つは、自分がその判断をしたことによって、うちの会社や部門の「将来のため」になっているのか。目先の売上だけで選んでも、しょうがないでしょう、ということです。

もう1つは、判断した方向が、自分たち皆、周りが「幸せになる」のか。自分が得する、とかじゃなくて、会社が、周りが幸せになるのはどっちか、ということです。

Qその考え方は、どこで身につけられたのでしょうか?

基本的な考え方をつくったのは、ソニーです。

盛田さんが、アメリカにトランジスタラジオを売りに行ったときの話があります。5万台のオファーをもらったけれど、それがOEMだった。だから、断ったんです。

お客さんの前に、本当に自分がほしいかどうか。それが1つの基準でした。

ソニーでは「何がソニーらしいか」という言葉を、よく使います。

盛田昭夫氏が、無名だった時代のソニーに舞い込んだ大量注文を、自社ブランドで出せないという理由で断った。ソニーの語り草になっている逸話です。

御子柴さんがこれを判断軸の説明に持ち出すのは、単に古巣の伝説が好きだから、ではないはずです。目先の5万台と、将来のブランド。2つの軸のうち「将来のためになっているか」を、これ以上ないほど端的に示した実例だからでしょう。

Qいまのご自身の経営には、どう表れていますか?

自分軸ではなく、他人軸で幸せを選択する、ということです。

「自分らしい」って何かな、というのは常に考えています。

Qお客様と向き合うときに、大事にされていることは何でしょうか?

お客さんが「ほしい」と言っていることを実現するのは、簡単なんです。

そうではなくて、お客さんが自分の言葉にできない本当の課題感を、どう解決していくのか。そこに踏み込める仕事がしたいと思っています。

何がしたいか、何に困っているか。お客さんの課題を自分ごととして捉えて、「こういうことじゃないの」と入り込んでいく。

Qそれを可能にするものは、何だとお考えですか?

これを全部解決できるのが「人間力」です。

マーケティングの知識・経験ではなくて、人間としての寄り添い方、伴走の仕方です。こうした信頼関係と知識が合わさったものでありたい、と思っています。

会社のスローガンに「人間力」という言葉が入っている理由が、ここでようやく分かります。

御子柴さんにとって人間力は、マーケティングの対義語ではありません。知識と信頼の両方が揃って、初めて「言葉になっていない課題」まで届く。片方だけでは届かない。だから並べて掲げている。

もう1つ、御子柴さんが自分でも不思議そうに話していたことがあります。

Q初対面の方とも、すぐに距離が縮まるとお聞きしました?

初対面だったとしても、めちゃくちゃ入り込んで、仲良くなってしまうんです。

特別な演出もしていないんですけど、吸い込まれていってしまう。生き様みたいなものが、合わさっているんでしょうね。

「お客さんがほしいと言っていることは簡単。言葉にできない本当の課題に、どう踏み込むか」

御子柴さんが代表を務めるもう1社、株式会社Waipunaのウェブサイトにも、同じ思想が置かれています。

PURPOSE(志)は「マーケティングと人間力で、日本の企業を元気にする!」。DREAM(夢)は「すべての企業が、自ら未来を創り出す力を持っている社会へ。」。そしてBELIEF(念)が、「知識よりも、信頼が力になる。」。

トップメッセージには、こう書かれています。「企業を動かし、変えていく原動力は、最終的には“人の想い”と“信頼の力”である」。そして、外から与えられるのではなく内側から育てていくものとして、「自走力」という言葉が掲げられています。

Waipunaの現在の事業は、インターネット関連事業、ITソリューション事業、ビジネスマッチング事業の3領域。サイバーリスクをスコアで可視化するセキュリティ診断「Secure Check」や、端末にデータを残さない「Shadow Desktop」などを扱っています。

大塚商会さんの小型版のようなビジネスで、ITとセキュリティを扱い、セキュリティ対策評価制度(SCS評価制度)のランク・段階にも関わってくる領域です。

SCS評価制度は、経済産業省とIPAが進める「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度」のことです。中小企業向けの自己宣言制度「SECURITY ACTION」(★1・★2)の上位に位置づけられ、★3・★4の取得に向けた支援策が動き始めています。

取引先から求められるセキュリティ水準が、これから制度として可視化されていく。中堅・中小企業にとっては、「やったほうがいい」から「やらないと取引が続かない」に変わる可能性のある話です。御子柴さんが、マーケティング顧問と並べてITとセキュリティを本気で扱っている理由は、ここにあります。

08
SECTION 08

苦労する方を、選べ

最後に、これから社会に出る若い世代へのメッセージを伺いました。

答えは、この記事のどの部分よりも短く、そして固いものでした。

Qこれから社会に出る若者に、最も伝えたいことは何でしょうか?

自分が若い時は、インターネットがなかったんです。

本を読むのにも、労力がかかりました。いまは、自分たちの頃よりも、いろんなツールで楽になっていますよね。

Qその環境を、どう使ってほしいとお考えですか?

それに甘んじることなく、「自分が何をしたいか」「どうしたいか」。そのための努力。

これは、時代と共に変わらないと思っています。

Qいまの若い方に、いちばん言いたいことは何でしょうか?

楽して儲ける、楽して生きていく、ではなくて、辛い方を選んでいけ、ということです。

苦労する方を選べ。それが、血となり肉となります。

精神論のようにも聞こえる言葉です。けれど、ここまでの話を聞いたあとでは、意味が変わります。

小学生で毎朝毎晩、壁を相手にボールを打った。中学2年で家を出て、コーチの家に下宿した。プロになる道がある場所から、あえて全国レベルで勝てるかわからない別の競技場へ移った。ソニーでは、負けた市場と割り込んだ数字ばかりを渡された。30歳で看板を外されて外に出された。そして独立1年目で、契約を全部失った。

どの場面でも、この人は楽な方に行っていません。

「苦労する方を選べ」は、若者へのお説教ではなく、自分がやってきたことの要約でした。

Qご自身の判断も、その基準なのでしょうか?

自分軸ではなく、他人軸で幸せを選択する。「自分らしい」って何かな、というのは常に考えています。

EDITOR'S NOTE / 編集後記

27歳で500億円を動かした人の話として始まったインタビューは、最後に「苦労する方を選べ」という、ひどく素朴な一行に着地しました。

御子柴さんの経歴は、たしかに華やかです。ウォークマン、サイバーショット、VAIO、ソニータブレット、My Sony Club、JBL。日本のコンシューマービジネスの一時代が、名刺の裏側に詰まっています。

けれど、取材の間、この人がいちばん熱を持って話したのは、ヒット商品の話ではありませんでした。お客さんが自分の言葉にできていない課題に、どう踏み込むか。その一点です。

そして御子柴さんは、それを解くのは知識ではなく「人間力」だと言い切りました。キャリアのすべてをマーケティングに使ってきた人の結論が、「人間としての寄り添い方、伴走の仕方」であることの重さは、少し時間を置いてから効いてきます。

ホクレアは、ハワイの人々が新天地を目指すときに頼りにした星の名前です。自分の位置を知るための星ではなく、行き先を知るための星でした。

いま御子柴さんが60社に対してやっているのは、おそらくそれに近いことなのだと思います。

御子柴 正武オフィスホクレア合同会社 代表/株式会社Waipuna 代表取締役社長 CEO

小学生の頃からテニスに打ち込み、中学2年でコーチ宅に下宿。インターハイ、インカレに出場。競技を離れたのち、当時就職人気1位だったソニー株式会社へ、職種別採用の1期生としてマーケティング部門に入社。ウォークマン、サイバーショット、VAIO、ソニータブレットなど主力製品のマーケティングを担当し、会員サービスを一元化した「My Sony Club」立ち上げプロジェクトで陣頭指揮を執る。30歳前後には株式会社日本総合研究所へ出向し、他社商品のマーケティングも手がけた。

その後、シナジーマーケティング株式会社で営業部長兼東京支社長、ハーマンインターナショナル株式会社で事業部長を経て、2019年に独立。オフィスホクレア合同会社を設立し、マーケティング・CRM戦略、インターネット関連サービス、代理店・EC・テニスレッスンなどの事業を展開。マーケティング顧問としての支援先は累計60社。2022年には株式会社Waipunaを設立し、代表取締役社長CEOを務める。

公益社団法人日本プロテニス協会 公認プロテニスコーチ。日本マーケティング協会会員、日本マーケティング学会会員、一般社団法人プロフェッショナル顧問協会会員。

会社名:オフィスホクレア合同会社(Office Hōkūleʻa LLC)

所在地:〒164-0014 東京都中野区南台二丁目39-7

創業日:2019年7月1日

コーポレートサイト:https://www.office-hokulea.jp/

ホクレアオンラインストア:https://www.hokulea-onlinestore.com/

株式会社Waipuna:https://waipuna.co.jp/

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