人生をかけて、1兆円企業をつくる – ZEROWORKS(ゼロワークス)

人生をかけて、1兆円企業をつくる

Acroforce株式会社 代表取締役 / 高橋 飛翔

新卒マッチングサービス「Growth Stage」、学生BPO「ZEROWORKS」、X × 経営者特化支援事業「Social Biz」など、複数の事業を展開するAcroforce株式会社。

その代表を務めるのが、高橋 飛翔(たかはし つばさ)さんです。

19歳の頃、大好きだった家庭教師とテーマパークでのアルバイトを辞め、学生起業の世界へ。

大学卒業と同時にAcroforce株式会社を立ち上げ、今期で10期目を迎えます。

その道のりは、決して順風満帆ではありませんでした。

共同経営から一人代表へ。
コロナ禍による事業停止。
ビジネスモデルの転換。
経営メンバーの総入れ替え。
そして、採用や組織づくりで繰り返した数々の失敗。

それでも、事業をつくり、壊し、変化させながら、会社を前へ進め続けてきました。

「人生をかけて、1兆円企業をつくる」。

単に、会社の規模を大きくしたいわけではありません。

その根底にあるのは、

「関わる人の選択肢を増やす。関わる人の可能性を広げる」

という考え方です。

新卒 × ベンチャー領域に特化したマッチングサービス「Growth Stage」。

若者が実際のビジネス現場で働きながら、キャリアを形成する「ZEROWORKS」。

そして、異なる領域でも新たな事業を生み出し続ける高橋さん。

一見すると異なる事業も、その先に描いている未来はつながっています。

なぜ、1兆円企業を目指すのか。

なぜ、事業をつくり続けるのか。

そして、次代を創る若者たちに何を伝えたいのか。

何者でもなかった少年時代から、学生起業、創業、挫折、組織づくり、そして1兆円企業への野望まで。

Acroforce創業から現在に至る歩みと、その先に描く未来を伺いました。


SECTION 1|何者でもない、何者かになりたい

Q. まず、高橋さんは、どんな少年だったのでしょうか。

埼玉県で生まれて、子どもの頃はかなり目立ちたがり屋でした。

小学3年生から中学3年生まで、ずっと学級委員。人前に立つことも好きでしたし、「何かをやるなら中心にいたい」という感覚は、昔からあった気がします。

同じく小学3年生から始めたのがサッカーです。

これは本気でした。

週7〜8回練習して、所属していたチームは3つ。試合に出るチーム、技術を磨くチーム、体力やメンタルを鍛えるチーム。それくらい、生活のほとんどをサッカーに使っていました。

当時は、本気でプロになるつもりでした。

中学に上がるときには、クラブチームから10番をつけてほしいと声をかけてもらったんです。

でも、そこで大きく挫折しました。

成長痛もあったし、反抗期もあった。今振り返れば、自分自身の性格にも問題があったと思います。

思うように伸びず、中学2年生くらいには「プロは無理かもしれない」と感じていました。

高校でもサッカーは続けました。県大会に出るくらいの学校でしたが、自分はBチーム、Cチームあたり。

サッカーでは突き抜けられない。

じゃあ勉強が圧倒的にできるかというと、そうでもない。

Q. その頃、自分自身をどう見ていましたか。

「自分には何もないな」と思っていました。

絵が上手いわけでもない。歌が上手いわけでもない。何か特別な才能があるわけでもない。

周りを見れば、自分よりサッカーがうまい人もいるし、勉強で圧倒的な結果を出している人もいる。

悔しかったですね。

同時に、ものすごく焦っていました。

「このまま、自分は何者にもなれないんじゃないか」

高校生くらいまでは、その感覚がずっとあったと思います。

Q. そこから、何が変わったのでしょう。

大学に入って、初めて本格的に働いたことです。

受験で苦労した経験があったので家庭教師を始めて、同時に東京ディズニーランドでも働き始めました。

当時、自分の中では接客の最高峰といえばスターバックスかディズニーランドだったんです(笑)。

両方受けて、最終的に選んだのがディズニーランド。面接前には、接客に関する本を3冊くらい読んでから行きました。

そこでカストーディアルキャスト、いわゆる掃除のお兄さんとして働き始めます。

これが、ものすごく楽しかった。

それまで僕は、仕事って辛いものだと思っていました。

でも実際に働くと、全然違ったんです。

自分から誰かの役に立とうとする。価値を出す。相手が喜んでくれる。そのうえ、お金までいただける。

「仕事って、こんなに面白いんだ」

18歳の僕には、かなり大きな衝撃でした。

サッカーでも、勉強でも突き抜けられなかった。

だったら、ここで勝負しよう。

「ビジネスの世界で突き抜ける」

18歳、19歳くらいの頃に、そう決めました。

その後、家庭教師もディズニーランドも辞めます。

ディズニーランド最後の日は、今でも覚えています。

夜のシンデレラ城の前で、パレードを見ながら泣きました。

嫌だから辞めたわけじゃない。

むしろ、大好きだった。

それでも、自分で何かを始めたかった。

何者でもない自分が、何者かになるために。

19歳から、少しずつビジネスの世界に踏み出しました。


SECTION 2|究極の決断、起業か就職

Q. 19歳からビジネスに挑戦する一方で、就職活動もかなり本格的にされていたそうですね。

そうなんです。

大学3年生から4年生にかけて、約1年間、かなり真剣に就職活動をしました。

サイバーエージェント、リクルート、DeNA、Speee、リブセンスといったベンチャー企業から、NTTのような大企業まで見ています。

短期インターンも長期インターンも経験しました。

その中で強く感じたのが、

「就職するなら、ベンチャーだな」

ということでした。

Q. なぜベンチャーだったのでしょうか。

そこで働いている人たちが、とにかく優秀だったんです。

特に印象に残ったのが、若くして第一線で働いているビジネスパーソンたち。

入社2年目、3年目でも、大きな仕事を任されている。チームを持っている。事業を背負っている。

そして何より、仕事への熱量がすごかった。

「こんな人たちの中で働きたい」

素直にそう思いました。

でも、それと同時にもう一つ感じたんです。

「こういう大人たちに、もっと多くの若者が出会えたらいいのに」と。

Q. それが、Growth Stageにつながっていく。

そうです。

大学4年生のときに始めたのが、「Growth Stage」という新卒マッチングサービスでした。

ベンチャー企業の第一線で働くビジネスパーソンと、ベンチャーマインドを持つ学生をつなぐリアルマッチングイベントです。

自分自身、就職活動の中で「誰と出会うか」に大きく影響を受けました。

会社名や説明資料だけでは分からない。

でも、そこで本気で働いている人に会うと、価値観そのものが変わることがある。

だったら、その出会いをサービスにしよう。

そんな発想から始まりました。

Q. 一方で、卒業後は就職という選択肢も残っていた。

かなり悩みました。

魅力的な会社もありましたし、ありがたいことにスタートアップからオファーをいただくこともあった。

一方で、目の前には自分で始めたGrowth Stageがある。

そして、この事業への熱量だけは、どうしても下がらなかったんです。

やればやるほど、「もっとやりたい」「もっと形にしたい」と思う。

僕にとって初めて、人生をかけてやりたいと思えるものだったのかもしれません。

Q. 最後に起業を選んだ決め手は。

実は、劇的な出来事はありません。

「この日に起業すると決めた」という瞬間もなかった。

ただ、すでに事業は始まっていた。

就職するということは、その事業を途中で辞めるということでもあります。

でも、自分の中には「辞める」という選択肢がなかった。

だったら、このまま続けよう。

最後は、それくらいシンプルでした。

2017年、大学卒業と同時にAcroforceを設立。

僕の場合、起業を選んだというより、

始めた挑戦を、辞めなかった。

その先に、会社設立がありました。


SECTION 3|善か悪か、共同経営という選択

Q. Acroforceは、最初から一人で経営していたわけではないんですよね。

そうですね。学生時代から一緒に事業をやっていた仲間と、共同代表という形で会社を立ち上げました。

株式も二人で持って、本当にゼロからのスタートです。

僕自身、一度も就職した経験がありませんでした。

営業も、マーケティングも、採用も、マネジメントも、ファイナンスも、全部初めて。

社会のことすらほとんど分からない22歳、23歳が、とにかく目の前の仕事をやり切る。

分からなければ人に聞く。困ったら助けてもらう。それでも最後は自分たちで決めて、売上をつくる。

そんな毎日でした。

Q. 共同経営の難しさを感じ始めたのは、いつ頃からですか。

少しずつですね。

二人とも代表取締役で、お互い社会人経験もない。

当然、意見がぶつかることもありました。

「どんな会社にしたいのか」
「何を目指すのか」

未来に対する考え方までぶつかるようになって、最終的には別々の道を歩むことになりました。

弁護士にも入っていただき、株式の価値を算出して、僕が相手の株式を買い戻す。

20代前半で、一人の代表になりました。

Q. 今振り返って、共同経営という選択をどう捉えていますか。

一緒にやってくれた仲間には、本当に感謝しています。

当時の僕一人では、できなかったことがたくさんありました。

ただ、同時に自分の弱さでもあったと思うんです。

本来、起業って「誰かが一緒にやってくれるからやる」ものではない。

自分が実現したい世界があって、たとえ最後に一人になったとしても、自分がすべての責任を背負ってやり切る。

本当は、それくらいの覚悟が必要だった。

当時の僕には、まだそこまでの覚悟がありませんでした。

だから、一人で全部のリスクを負うのではなく、誰かと一緒に背負う道を選んだ。

それが、学生起業家だった自分の一つの弱さだったと思っています。

一人になってからは、成功も失敗も、全部自分に返ってくる。

逃げ道がなくなりました。

でも、それで初めて「経営者になる」ということの意味を、少し理解できた気がします。

共同経営が善だったのか、悪だったのか。

今でも、その答えは分かりません。

ただ間違いなく、僕を経営者にしてくれた経験の一つです。


SECTION 4|口座残高0円、コロナで迎えたハードシングス

Q. 創業後、最大級の危機となったのが2020年のコロナ禍だった。

当時のGrowth Stageは、新卒採用のリアルイベントが中心でした。

東京、大阪、名古屋、福岡、仙台。

全国5拠点で、年間多い年には100回近くイベントを開催していたんです。

僕は昔から「選択と集中」を大事にしていました。

自分は天才ではない。だったら、一つのことを誰よりも長く、深くやろうと。

2016年頃から約5年間、ほとんどイベント一本です。

集客する。企業に営業する。イベントを運営する。

そこだけを磨き続けていました。

そこに、コロナが来た。

リアルイベントが、一切できなくなりました。

Q. 選択と集中していたからこそ、逃げ道がなかった。

本当にそうでした。

イベントが売れない。

開催できない。

学生も集められない。

自分たちが5年間積み上げてきたものが、一瞬で使えなくなった感覚でした。

資金にも余裕がなかった。

国から約3,000万円の支援を受けられたことには、今でも本当に感謝しています。あれがなければ、会社はなくなっていたかもしれません。

でも、生き残った以上、変わるしかない。

そこでビジネスモデルそのものを変えました。

Q. そこで始めたのが「コミット型人材紹介」。

一般的な人材紹介は、入社が決まってから報酬をいただく後払い型です。

ただ、サービスを提供する側は、その前から集客費も人件費も発生している。

そこで僕たちは、企業から先にお金を預かり、その代わり本気で優秀な学生を紹介する「前払い型」のモデルに切り替えました。

結果的に、これがすごく良かった。

前払いしてでも採用したい企業しか契約しないからです。

つまり、採用への本気度そのものがスクリーニングになる。

キャッシュフローも改善し、取引する企業の熱量も上がりました。

危機から生まれたモデルでしたが、会社を救ってくれました。

Q. そして同じ2020年に、ZEROWORKSも生まれた。

ZEROWORKSは、もっと根本的な問題意識から生まれています。

僕自身、これまで何千人という学生のキャリア相談に乗ってきました。

東大生でも、いわゆるFランと呼ばれる大学の学生でも、ほとんど関係なかった。

多くの学生が、就職活動の1年や2年だけで、

「自分は何がしたいのか」
「将来どうなりたいのか」

その答えを見つけられない。

当たり前だと思うんです。

それまでずっと、お金を払って学んできた。

テストで100点を取れば評価される世界から、突然「明日からお金をもらって、誰かに価値を出してください」と言われる。

あまりにもギャップが大きい。

だったら、ファーストキャリアの前に「ゼロキャリア」があった方がいい。

働きながら学び、お金をもらい、社会人と同じようなフィードバックを受けながら、自分の可能性を探す。

そんな環境をつくろう。

それがZEROWORKSの始まりです。

コロナは、間違いなく会社最大の危機でした。

でも、追い込まれたからこそ、事業を変えた。

新しい事業も生まれた。

だから今は、

信じたことを諦めずにやり続ければ、道はどこかにある。

そう思えるようになりました。

あの経験は、今でも僕の経営者としての自信になっています。


SECTION 5|苦渋の選択、経営メンバーの総入れ替え

Q. コロナを乗り越えたあと、今度は「組織」の壁にぶつかります。

売上が1億、2億くらいのところで、ずっと止まっていた時期がありました。

事業だけの問題じゃない。

「組織そのものに限界があるんじゃないか」

そう感じ始めたんです。

創業当時の僕は、かなり極端な考え方をしていました。

遅刻してもいい。

約束を守れなくてもいい。

やり方も自由。

とにかく、数字さえ出せばいい。

結果がすべてだと思っていました。

でも、それでは強いチームはつくれなかった。

自由ではある。そこそこ成果も出る。

でも、全国優勝を目指せるようなチームにはならない。

そこで初めて、自分自身の価値観を変えなくてはいけないと気づきました。

Q. 代表自身が変わることで、組織とのズレも生まれた。

そうなんです。

小さな約束を守る。

数字にコミットする。

成果の出し方を再現可能な形にして、メンバーへ伝える。

人の成長に責任を持つ。

「この会社で働きたい」と思える環境をつくる。

それまでほとんど考えていなかったことを、一つずつ考え始めました。

すると当然、

「今までのAcroforceと違う」

という反応も出てきます。

僕自身の価値観が変われば、会社の価値観も変わる。

だったら、中途半端にはできない。

最悪、経営メンバーが全員入れ替わってもいい。

そこまで覚悟を決めて、一人ひとりと向き合いました。

顧問や社外の方からも、

「本当にそれで大丈夫なのか」

と何度も心配されました。

怖かったです。

でも、それまで大きな成果を残せていなかった以上、何かを変えなければ未来も変わらない。

そう思って、第二創業に踏み切りました。

Q. そのタイミングで、現在の取締役・橋本さんが加わった。

橋本とは、僕が就活生だった頃に出会っています。

リクルートを受けたときの採用担当でした。

一歳しか違わないのに、

「なんだ、この人は」

と思いました。

地頭、知識量、行動力、やり切る力。そして、仕事に対する実直さ。

純粋に「格好いいな」と思った先輩でした。

僕は結局リクルートには落ちたんですが、その後も飲みに連れていってくれたり、会社の勉強会に来てもらったり、関係は続いていました。

何度か「一緒にやりませんか」と誘っても、

「なめてんのか」

くらいの感じでしたけど(笑)。

その橋本が育休に入ったタイミングと、僕が経営チームをつくり直そうとしていたタイミングが重なった。

「ここしかない」

と思って、本気で口説きました。

2023年4月、橋本は執行役員としてAcroforceへ。

大企業を辞めて、小さな子どももいる中、いつ沈むか分からないような船を選んでくれた。

これは今でも、本当に感謝しています。

そして何より、

変化から逃げず、一緒に変わっていける仲間と会社をつくる。

その意味を教えてくれた出来事でした。


SECTION 6|CEOはプロデューサー職である

Q. 経営チームを入れ替えれば、一気に会社は良くなったのでしょうか。

全然そんなことはありませんでした(笑)。

むしろ、そこからも失敗の連続です。

役員が入れ替わると、その役員に紐づいていたメンバーも辞めていきました。

当時の僕は、採用まで事業責任者にかなり任せていたんです。

誰と働くかまで含めて、各責任者に大きく権限移譲していた。

当然、メンバーのエンゲージメントも会社や僕自身というより、その責任者に強く紐づいていました。

結果として、2023年から2024年にかけて、正社員もほぼ全員入れ替わるような状態になりました。

Q. そこから、経営幹部の採用にもかなり力を入れた。

そうですね。

シリーズA〜BくらいのスタートアップでCOOを経験していた人をリファラルで採用したり、ヘッドハンティングサービスを使ったりしました。

人材紹介に600万円ほど払って、年収1,500万円近い人を経営幹部として採用したこともあります。

当時はどこかで、

「すごい人を採用すれば、会社は伸びる」

と思っていたんだと思います。

でも、実際はそんなに簡単じゃなかった。

どれだけきらびやかな学歴や職歴があっても、どれだけ素晴らしい経験を持っていても、この会社で最高の仕事ができるかは別の話です。

自社の価値観に合うか。

今いるメンバーと良いチームをつくれるか。

この環境で成果を出せるか。

そこまで含めて考えなければいけなかった。

今振り返ると、その違いを全然理解できていませんでした。

Q. 採用でも、かなり失敗した。

しましたね。

採用した人がすぐ辞めてしまったこともあります。

僕自身が厳しく言いすぎて、結果的に早期退職につながったこともあった。

期待して高い給与で採用したものの、思うように成果が出ない。

でも、給与を下げる判断もできない。

いざ見直したら、そのタイミングで辞めてしまう。

僕も橋本も、中途採用や経営幹部採用に関してはほとんど未経験でした。

だから、本当にたくさん失敗しました。

Q. そうした失敗の中で、経営に対する考え方も変わっていった。

一つの正解を探すのをやめました。

採用だけ良くてもダメ。

育成だけ良くてもダメ。

事業モデル、評価、文化、マネジメント、採用、育成。

全部がつながっている。

経営って、一つひとつの要素の足し算ではなくて、掛け算なんですよね。

どれか一つの係数がゼロなら、全体もゼロになる。

だからCEOは、営業だけ強くてもダメだし、採用だけ得意でもダメ。

事業だけ見ていてもダメ。

会社全体を見ながら、それぞれの係数を少しずつ高め続けていく必要がある。

この考え方を整理していく中で、すごくしっくりきたのが、サイバーエージェントの藤田晋さんが語られている「CEOはプロデューサーである」という考え方でした。

僕自身も経営を続ける中で、まさにそうだと感じています。

Q. 高橋さんにとって、プロデューサーとはどんな役割ですか。

全部を見ることだと思っています。

誰を採用するのか。

その人をどう育てるのか。

どの事業に張るのか。

どんな評価制度にするのか。

どんな文化をつくるのか。

誰に権限を渡すのか。

どこにお金を投資するのか。

何か一つだけ突出していても、会社は強くならない。

全体を見ながら、一つひとつの要素を組み合わせて、組織として成果が出る状態をつくる。

それがCEOの仕事なんじゃないかと。

だから僕の中では、

CEOは「トータルプロデューサー職」である。

今は、この言葉が自分の経営観を一番よく表している気がします。

2024年から2025年にかけて、ようやくその感覚が少しずつ分かるようになってきました。

「いい人を採用すれば何とかなる」
「いい事業さえあれば何とかなる」

そんな単純な世界ではない。

採用も、育成も、事業も、組織も、文化も。

全部に向き合う。

それを諦めずにやり続ける。

会社経営って、そういう仕事なんだと思います。


SECTION 7|1に採用、2に採用、3・4に採用、5に採用

Q. 経営の中でも、特に重要だと考えているものは何でしょう。

採用です。

1に採用、2に採用、3・4に採用、5に採用。

それくらい大事だと思っています。

以前は「優秀な人を採れば何とかなる」と思っていました。

今は全く違う。

重要なのは、この会社に合う人を採ること。

そして、それ以上に大切なのが、

合わない人を採らないことです。

Q. 「採らないこと」の方が重要。

そう思います。

採用って、人手が足りなくなると妥協したくなるんですよ。

「ちょっと気になるけど、能力は高そうだから」
「今採らないと現場が大変だから」

でも、その少しの違和感を無視して採用すると、あとから何倍ものコストになって返ってくる。

本人だけの問題ではありません。

今いるメンバーが疲弊する。

チームの空気が悪くなる。

積み上げてきた文化が壊れる。

だから今は、少しでも大きな違和感があれば採らない。

採用する勇気以上に、採用しない勇気を持つ。

何をやるかももちろん重要です。

でも、最終的には「誰とやるか」。

会社経営を続けるほど、その意味を強く感じています。


SECTION 8|やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は育たず

Q. 人を採用したあとは、どう育てていくのでしょう。

山本五十六の言葉で、僕がすごく好きな考え方があります。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」

この考え方って、経営にも人材育成にもすごく通じると思っているんです。

大事なのは、一つだけやってもダメだということ。

自分が「やってみせる」。

これは絶対に必要です。

営業なら、自分で数字をつくってみせる。

事業づくりなら、自分で事業を動かしてみせる。

口だけで「やれ」と言うのではなく、まず自分ができることを示す。

でも、それだけでは人は育たない。

Q. 教えるだけでも足りない。

そうなんです。

「こうしてください」
「これは大事です」

言って聞かせるだけなら、誰でもできます。

逆に、とにかく経験させればいいというのも違う。

電話させる。

商談させる。

資料をつくらせる。

事業を考えさせる。

量をやらせるだけでも、人は育たない。

じゃあ、褒め続ければ育つのか。

それも違う。

やってみせる。

言って聞かせる。

本人にやらせてみる。

そして、できたことを認める。

どれか一つではなく、全部必要なんです。

ここも、僕が考える「トータルプロデュース」と一緒なんですよね。

Q. 結局、人材育成も総合力。

そう思います。

何をやるかより、誰と働くか。

だからこそ、素直で、いいやつと働きたい。

でも、いい人を採用できたからといって、放置していいわけではありません。

その人のキャリアに責任を持つ。

仕事を経験してもらう。

フィードバックする。

成果が出たら、きちんと認める。

一緒に働く人が成長して、人生にとって価値のある仕事を経験できる会社にする。

そこまでできて初めて、「人を採用した」と言えるんじゃないか。

今は、そう思っています。


SECTION 9|次代の若者へ。1兆円企業への野望

Q. これから、経営者としてどこを目指していきますか。

僕は、生涯起業家でいたい。

そして、生涯ビジネスの最前線で働いていたいと思っています。

会社をつくった以上、大きくしないという選択肢は、僕の中にはありません。

やるなら、大きな会社をつくる。

それ以上でも、それ以下でもない。

そして、どうせやるなら一代で1兆円企業をつくりたい。

ほとんど誰も成し遂げていないからこそ、挑戦する価値があると思っています。

Q. かなり遠い目標です。

めちゃくちゃ遠いです。

だから毎日、

「今の自分では全然足りない」

と思っています。

この10年間、ずっとそうでした。

営業も、マーケティングも、採用も、組織づくりも。

今ならAIを使ったプロダクト開発もそう。

新しい技術が出たら、誰よりも先に触ってみる。

学ぶ。

手を動かす。

現場で成果を出す。

そのうえで、仲間に伝えていく。

僕は圧倒的な現場主義でいたいんです。

経営者になったから現場から離れるのではなく、自分自身が最前線で成長し続ける。

人が成長する。

組織が成長する。

その結果として、会社も成長する。

それを続けた先にしか、1兆円という景色はないと思っています。

Q. 今は、まず10億円を目指している。

今、マネージャー陣と月に一度、土曜日に「10億会議」をやっています。

どうすれば3億から10億へ行けるのか。

本気で議論する時間です。

まず10億。

その先に100億。

次は1,000億。

そして1兆円。

一つずつ壁を越えていきたい。

Q. その挑戦を通じて、社会に何を残したいですか。

一つは、ZEROWORKSを社会インフラにしたい。

僕は「ゼロキャリア」という考え方を、当たり前にしたいと思っています。

学校を卒業して、いきなりファーストキャリアを選ぶのではなく、その前に社会で働く。

お金をもらいながら、誰かの役に立つ。

社会人からフィードバックをもらい、自分自身の「何がしたいのか」「どうなりたいのか」を探していく。

そんな職業訓練の仕組みが当たり前になれば、若者の人生はもっと豊かになるはずです。

そして、もう一つ。

誇れる仲間と、誇れる会社をつくりたい。

今、会社で働くことが純粋に楽しいんです。

一緒にいる人たちが、本当にいいやつだから。

野心もある。

向上心もある。

もっといい事業をつくりたい。

もっといい組織をつくりたい。

10億、100億を本気で目指している。

そんな仲間と働けることが、僕にとってはすごく幸せです。

結局、最後は「誰とやるか」。

何者でもなかった自分が、たくさんの人と出会い、失敗し、変化しながらここまで来た。

だから次は、自分たちの経験を次の世代へ渡していきたい。

次の時代をつくる若者たちが、自分の可能性を信じて挑戦できる社会をつくる。

そして僕自身も、その最前線に立ち続ける。

1兆円企業という途方もない目標を、本気で追いかけながら。


編集後記

「人生をかけて、1兆円企業をつくる」。

高橋さんが掲げるその目標は、決して簡単にたどり着けるものではありません。

だからこそ、人生をかけて挑む価値がある。

約9年間の経営を振り返ると、その挑戦の形は少しずつ変わってきました。

事業をつくること。
売上をつくること。
危機を乗り越えること。
そして、人を採用し、育て、強い組織をつくること。

会社が成長するたびに新しい壁が現れ、そのたびに高橋さん自身も変化を求められてきました。

それでも、変わらないものがあります。

「人の可能性を信じる」という考え方です。

今できないからといって、その人に可能性がないわけではない。

まだ経験していないだけかもしれない。
まだ自分の強みに気づいていないだけかもしれない。
まだ、本気で挑戦できる場所に出会っていないだけかもしれない。

だから、挑戦する。
失敗する。
学ぶ。
そして、また挑戦する。

Acroforceという会社も、高橋さん自身も、まだその途中にいます。

1兆円企業という途方もない目標は、単に企業規模を示す数字ではないのかもしれません。

より大きな事業をつくる。
より多くの仲間と挑戦する。
そして、より多くの人が自分自身の可能性に挑戦できる社会をつくる。

その未来へ向かうための、一つの旗印。

何者でもなかった少年が抱いた「何者かになりたい」という思いは、いつしか、自分だけではなく、誰かの可能性を広げる挑戦へと変わっていました。

その挑戦が、この先どこまで続いていくのか。

これからのAcroforceを、追い続けたいと思います。


プロフィール

高橋 飛翔(たかはし・つばさ)

学生時代から事業づくりに取り組み、大学卒業と同時にAcroforce株式会社を創業。

新卒マッチングサービス「Growth Stage」、若者が実際のビジネス現場で経験を積みながらキャリアを形成する「ZEROWORKS」、X × 経営者特化支援事業「Social Biz」など、複数の事業を展開。

また、ZEROWORKSが運営する経営者インタビューメディア「Z図鑑」を通じて、経営者の働き方・考え方・生き方を次代の若者へ届けている。

事業と組織の成長を通じて、人の選択肢と可能性を広げることを目指し、現在は「人生をかけて、1兆円企業をつくる」という目標を掲げて挑戦を続けている。

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