「文句を言わずに、量をこなすしかない」——居抜きのバーから事業売却まで。AKiBACO前田将宏が”量”にたどり着くまで – ZEROWORKS(ゼロワークス)
EXECUTIVE INTERVIEW
No.117
EXECUTIVE INTERVIEW

つくるから、動かすまで

COMPANY
株式会社AKiBACO
NAME
前田 将宏
CATEGORY
IT・Web
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18 Views#Web制作#事業売却#まちづくり

株式会社AKiBACO代表取締役、前田将宏氏。

広島で育ち、大学は北九州へ。学んでいたのは、まちづくりだった。

ただ、教室にいた記憶よりも、現場に立っていた記憶の方が濃い。飲食店の店長、ゲストハウスとシェアハウスの運営、そして知人から居抜きで引き継いだバー。学生のうちから、いくつもの現場を同時に回していた。

就職活動はしていない。大学時代の延長のまま一般社団法人に入り、2年間まちづくりに携わった。24歳で会社を立ち上げると、デザインもコードもできないまま「営業だけして、できる人に振る」ところから事業を始め、育てたWeb制作事業を売却。自らも売却先へ移る。そこで過ごした3年間が、キャリアで「一番苦しかった時期」になった。

いま、AKiBACOは7期目。HP・LP制作からシステム開発、資料作成、フォーム営業までを手がけ、つくったものが売上につながるところまでコミットする会社になっている。

若い世代へのメッセージを聞いたとき、前田氏の答えは驚くほど短かった。

才能でも、要領でもなく、量。その一語にたどり着くまでに何があったのか。本人の言葉でたどっていく。

「文句を言わずに、量をこなすしかない」

01
SECTION 01

つくって終わりにせず、売上が上がるところまで

Qまず、現在どのような事業を手がけられているのでしょうか?

HP制作とLP制作、システム開発、資料作成、フォーム営業、それからクリエイティブですね。メインはホームページとLPの制作ですが、パソコンで作れるものなら、ほぼほぼ何でも作る会社だと思っていただければ。

Webまわりで必要になるものを、つくるところから動かすところまで、一通り手がけています。領域でいうと、デジタルマーケティング、Webマーケティングが主軸です。会社は24歳のときに立ち上げて、いま7期目。もうすぐ8期目に入ります。

特徴があるとすれば、制作だけでなく営業支援まで入っているところでしょうか。つくって終わり、ではないところです。フォーム営業のように、実際に案件を取りにいく部分まで一緒にやっています。

Q直近で、大きく変えたことはありますか?

ただの制作だけでなく、マーケティングの設計の部分から案件の獲得まで実施するようにした部分です。

ただLPやHPを作って終わりではなく、そこから受注率を上げるために資料の改善をしたり、ホワイトペーパーの作成をしたり、売上が上がるようにコミットしてます。

「パソコンで作れるものなら、ほぼほぼ何でも作る会社です」

つくって終わりにせず、売上が上がるところまで引き受ける。その姿勢の背景には、圧倒的な量をこなしてきた時期がある。その原点は、広島から北九州へ渡った学生時代までさかのぼる。

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SECTION 02

学生のうちから、いくつもの現場を同時に回していた

Q若い頃は、どんな方だったのですか?

出身は広島で、大学だけ北九州です。大学ではまちづくりを学んでいました。地域創生学というものがあって、まちづくりをメインに学ぶような学部で、地域活動のようなことを勉強していました。

ただ、座学だけということはなくて。学生の期間中に、飲食店をやったり、ゲストハウスやシェアハウスの運営をやったりしていました。飲食店は、実際に店長として店を回していました。仕込みをして、夜は営業して、というのをフルで、ですね。学生のうちから、ずっと現場に立っていました。

Q当時は、将来についてどう考えていたのですか?

正直、何も考えていなかったです(笑)。

ただ、お酒が好きなので、いずれ飲食店はやりたいなというのが、うっすらあって。それで食品衛生の資格を取ったんです。そうしたらたまたまそのタイミングで、知り合いのバーが畳むという話が出てきて、居抜きでやらないか、と。そのまま自分がやることになりました。

何も考えずに、ただやりたいなと思っていたことの資格を取ったり、その場所に行ったりしていたら、やれる機会があった、という感じです。やりたくてやったというより、「やらない?」と持ちかけられて「やりますか」と。割とそんな感じでしたね。

Q就職活動はされなかったのですか?

していないです。仕事にしようと考えていたというより、就職活動も特にしていなかったので、じゃあそのまま就職するか、という感じで流れていきました。大学時代の延長みたいな感じで、一般社団法人のまちづくり会社に入って、まちづくりを2年やりました。

飲食店もゲストハウスも、並行してずっと続けていました。全部、同時にです。学生時代から社会人2年目まで、ほぼほぼ同じような生活でしたね。社会人を先取りしたといえば先取りしているし、でも学生の延長といえば延長なので、何とも言えない。ニュートラルな、変な感じで生きていました。

ただ、このままでいいのかな、という気持ちはずっとありました。このままずっと飲食をやるのかと言われたら、何か違う。卒業して就職して、やっとキャリアを考え始めたんです。完全に遅いんですけど。体力的にきつかったというより、このままでいいのか、という焦燥感の方が強かったんだと思います。

「社会人を先取りしたとも言えるし、学生の延長とも言える。ニュートラルな、変な感じで生きていました」

「このままでいいのか」。その問いに、自分ひとりで答えを出したわけではなかった。答えを出している人のそばに、身を置いてみることにした。

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SECTION 03

デザインもコードもできない。だから、営業だけして振った

Qそこから、どのように起業を選ばれたのですか?

大学受験のときに知り合った友人が、学生のうちから起業していたんです。

うちの大学がちょっと変わっていて、一般入試なのにグループディスカッションがあったんですよ。課題が出て、それを8人1組で解決して発表する。そのとき同じグループだったのが彼で、受験番号が僕の2個前でした。同じグループでワークをして、発表も2人でやって。声をかけてくれて、同じ広島だったので、一緒にラーメンを食べて新幹線で帰った。高校3年の冬というか、もうほぼ春寄りのころです。それが出会いでした。

彼はその後、東京で起業したりイベントをしたりして活躍していて。そこに転がり込んで、3ヶ月くらい一緒に働かせてもらいました。近くで見ていたら、自分でもやってみようかな、と思えたんですよね。それで24歳のとき、2020年に会社を立ち上げました。

Q最初は、どんな事業から始めたのですか?

今と同じWeb制作も視野にはありましたが、もともとはWeb広告の出稿や運用代行のようなところをやろうと思って始めたんです。需要は多分あったと思うんですけど、僕に営業力がなくて、取れなかった。

一方で、人と会っていくと、ホームページを作りたい、LPを作りたいという方の需要があったので、すぐにそっちに転換しました。

とはいえ、僕自身はスキルとしてできることではなかったんです。デザインもできないですし、コードも書けなかった。なので、営業だけして、できる人に振る。本当に代理店みたいなことをして始めたのがスタートです。その事業が、のちに売却することになるWeb制作の事業です。

「デザインもできない、コードも書けない。営業だけして、できる人に振る。そこがスタートでした」

営業から始めたWeb制作の事業は、3期目に大きな節目を迎える。自分の手で育てた事業を手放し、その行き先に自分も飛び込むことになった。

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SECTION 04

育てた事業を売却し、自分も売却先へ移った

Q立ち上げた会社は、その後どうなったのですか?

立ち上げて3年、3期目くらいで、Web制作の事業をkoujitsuという会社に売却しました。当時は僕以外に社員が2人いて、全員がそのまま移る形で吸収してもらった、という感じですね。

そして、その事業売却を機に、自分もkoujitsuに役員として入っています。2022年から2023年くらいですね。AKiBACOという会社自体はなくしたわけではなく、ずっと自分で持ち続けていました。

Qkoujitsuでは、どのような仕事をされていたのですか?

役員として、事業戦略の会社の方にも所属して、そのまわりの会社の立ち上げなども色々とさせてもらいました。会社の立ち上げは2社くらいやっているので、比較的、立ち上げることにはもう慣れた部分もあります。

koujitsuには、2025年の12月までいました。辞めたあとも取引は全然ありますし、個人として案件を受けてやっているような感じです。

Qそして、いまのAKiBACOにつながっていくのですね?

いまは仙台のデジタルゴリラさんに呼んでいただいて、AIの事業と自分の会社の2軸で働いています。

AKiBACOでは、最初にやっていたWeb制作を、いまもう一度やっています。koujitsuでの経験を経て、自分の会社として、デジタルマーケティングとWebマーケティングを主軸に取り組んでいるところです。

「会社の立ち上げは2社くらいやっているので、立ち上げることにはもう慣れました」

売却先で過ごした3年間。前田氏はそれを、迷いなく「一番苦しかった時期」と呼ぶ。そして同じ口で、「めちゃくちゃ良かった機会」とも言う。

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SECTION 05

朝9時から夜中の2時、飲んで5時、また9時

Qこれまでで、一番苦しかったのはいつでしたか?

圧倒的に、koujitsuにいた3年間ですね。

朝9時から夜中の2時くらいまで働くのが通常でした。そこから飲み会が入ると、朝5時くらいまで飲んで、また9時から次の打ち合わせ。そういう日々を送っていました。その合間に、会社の立ち上げもしていたわけです。

しんどかったです(笑)。

Qそれでも、その3年間で何を得たのでしょうか?

この経験があったから、「働ける」ようになったし、「量をこなせる」ようになったと思っています。

働きすぎが社会問題として語られることもありますよね。それはそうなんですけど、僕が今思うのは、無理やりその環境に身を置かないと身につかないものがある、ということです。あの経験があったから、スキルが上がったというより、仕事の量をこなせるようになった。そういう場所に身を置かないと、自分のキャパシティは広がらないと思います。

いまの自分の土台は、間違いなくあの3年間です。ハードシングスでもありましたが、転機というか、僕にとってはめちゃくちゃ良かった機会だったなと思います。

Qタイパやコスパが重視される時代ですが、振り返ってどう感じますか?

むしろ、すごく長い時間働いた3年間って、今振り返ってみると、めちゃくちゃタイパもコスパもいいんですよ。

効率が悪いように見えるかもしれない。でも、あの3年間でここまで能力が上がるなら、全然いい。そういう感覚です。

「長い時間働いた3年間は、振り返るとめちゃくちゃタイパもコスパもいいんです」

苦しかった時期を、恨み言ではなく「土台」と言い切る。だからこそ、次世代へのメッセージも一切ぶれない。

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SECTION 06

1万時間を、どれだけ早く達成するか

Qこれから社会に出る若者に、最も伝えたいことは何ですか?

本当に、文句を言わずに、量をこなすしかない、ということです。

スポーツなどでもよく言われますよね、1万時間という数字。理屈はいろいろあると思いますが、まずはそこを、どれだけ早く達成するか。それでようやく次のステップに進める、というところだと思います。

才能やセンスよりも、まずは量ですね。

Q最後に、一言お願いできますか?

「やる」一択です。本当に。

「1万時間を、どれだけ早く達成するか。それでようやく次のステップです」

EDITOR'S NOTE / 編集後記

飲食店の店長も、シェアハウスの運営も、居抜きのバーも、まちづくりも。学生時代から前田氏がやってきたことに、一貫した戦略があったわけではない。「何も考えていなかった」と本人は笑う。持ちかけられた話に「やりますか」と乗ってきた、とも。

それでも共通しているのは、考える前に現場に立っていた、ということだ。デザインもコードもできないまま会社を立ち上げたときでさえ、まず人に会い、需要のある方へすぐに舵を切っている。

事業を売り、売却先に移り、朝から翌朝までを繰り返した3年間。その先で手にしたのは、器用さでも近道でもなく、「量をこなせる」という一点の強さだった。効率の悪そうな日々こそが、いちばん効率がよかった——その逆説を、前田氏は自分の経験として語る。

つくって終わりにせず、売上が上がるところまでコミットする。いまのAKiBACOの姿勢も、量をこなしてきた人だからこそ言い切れるものなのだろう。

「やる」一択。前田氏の経営は、その言葉のとおりに進んでいる。

前田 将宏株式会社AKiBACO 代表取締役

株式会社AKiBACO代表取締役。広島県出身。北九州の大学でまちづくりを学びながら、飲食店の店長、ゲストハウス・シェアハウスの運営、バーの経営など、学生時代から複数の現場に立つ。卒業後は就職活動をせず、一般社団法人でまちづくりに2年間従事。2020年、24歳で起業。その後、手がけていたWeb制作事業をkoujitsuへ売却し、自身も同社へ参画(2025年12月まで)。現在は株式会社AKiBACOとして、HP・LP制作、システム開発、資料作成、フォーム営業、クリエイティブを手がけ、マーケティングの設計から案件の獲得まで一貫して取り組んでいる。

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