宮崎で育った中学生の児玉さんにとって、『週刊少年ジャンプ』は火曜日に届くものでした。
東京では、月曜日に並んでいる。
その一日のズレを知ったとき、児玉さんの中に生まれたのは「うらやましい」ではなく、もっと鋭い感情でした。
「情報格差が、嫌いなんです」
両親はともに警察官。宮崎の公務員家庭で育った少年は、その一日の差を理由に「東京へ行く」と決めます。
大学から上京し、サーフィンに没頭し、就職活動の終わりごろ、アルバイト先のファミリーマートの先輩から一冊の本を渡されました。藤田晋さんの『渋谷ではたらく社長の告白』です。
そこに書かれていた一行が、進路を変えました。
「すごい会社に入った人がすごいんじゃない。すごい会社を作った人がすごいんだ」
サイバーエージェントに入社し、11年。Amebaブログアプリを立ち上げてAppStoreランキング1位を獲り、100名規模の事業を率い、ABEMA TVの広告責任者を務めました。その間に、社運を賭けたプロジェクトを1か月遅延させ、事実上の異動も経験しています。
2018年に独立して創業した金融教育の株式会社ABCash Technologiesでは、ローラさんをブランドアンバサダーに迎え、累計25億円以上を調達し、受講者は8万人を超える規模に育ちました。その途中、コロナ禍で全店舗が閉まり、売上がほぼゼロになった時期があります。
「悪魔に心臓を握られている感覚でした」
そこから会社を立て直した要因を、児玉さんは「プロダクト」とも「資金」とも言いません。
幹部が後に語った理由は、まったく別のものでした。
「週報とか表彰とか、ずっと続けてくれたじゃないですか。あれが嬉しかったです」
いま児玉さんは、株式会社SkillRingの代表として、スタートアップの採用・組織開発・マネージャー育成を支援しています。掲げるのは「組織活性化で、勝負する。」、そして「個人 > 会社」。
ジャンプの一日の差から始まった話が、なぜ「マネジメントの情報格差」に行き着くのか。児玉さんの言葉でたどります。
「週報とか表彰とか、ずっと続けてくれたじゃないですか。あれが嬉しかったです」
「個人 > 会社」を、本気で掲げる
Qまず、現在はどのような事業を展開されているのでしょうか?
現在は、スタートアップを中心に企業向けの研修事業を中心に展開しています。
特に力を入れているのが、マネージャー層の育成です。企業の中でマネジメントを担う方々に向けて、組織づくりやメンバーとの関わり方、マネージャーとして求められる考え方などを学ぶ機会を提供しています。
もともとは人材紹介や採用支援など、HR領域を幅広く手がけてきました。ただ、現在の事業の軸は研修に移っていて、企業の中で人が育ち、組織としてより良い状態をつくっていくための支援に注力しています。
単に知識を伝える研修ではなく、現場で実際に活かされ、マネージャー自身の行動が変わるところまでつなげていくことを大切にしています。
QSkillRingならではの強みは、どこにあるとお考えでしょうか?
偉そうに聞こえたら申し訳ないのですが、「事業を伸ばす側」と「組織をつくる側」の両方を、自分で一通りやってきたことだと思っています。
サイバーエージェントでは、27歳のときにAmeba事業の責任者になりました。100名以上の組織で、PL、マーケティング、プロダクト、ブランディング、そして組織マネジメントまで見ていました。
その後にABCashを創業して、5年で時価総額70億円くらいの規模まで持っていきました。
事業側だけ、組織側だけ、という方は多いと思うんです。
両方を、しかも自分の責任でやった経験があること。そこが強みだと思っています。
数字の裏づけを、公開情報から補っておきます。児玉さんは2007年にサイバーエージェントへ新卒入社。Amebaブログアプリを責任者として立ち上げ、AppStoreランキング1位を獲得し、社内のベストマネージャー賞を受賞しています。その後、Amebaブログ事業部長としてFacebook・Instagramとの事業提携を実現し、プラットフォーム統括責任者、テクノロジーイノベーション室長、ABEMA TVの広告開発局長を歴任しました。在籍期間は2007年から2018年1月までの約11年間です。
ABCash Technologiesについては、2018年2月2日の設立から、シリーズA約3.7億円(2019年7月)、シリーズB(2020年10月)、シリーズC約12億円(2022年3月)と資金調達を重ね、SkillRingの公式プロフィールには「累計資金調達25億円以上」「受講者8万人」と記載されています。時価総額については、2026年1月のスタートアップ向けイベントの登壇レポートに「バリュエーション65億円」という数字が残っています。
Qお話をうかがっていると、経験を「才能」として語られないのが印象的です。再現できるものだと考えていらっしゃいますか?
はい。完全に再現可能な「スキル」だと捉えています。
市場を見る。仮説をつくる。意思決定する。実行する。改善する。
この一連の動きは、才能ではなくて、順番と型のある技術です。
僕はそれを、若い人に移植したいと思っています。
だから組織のつくり方も、年齢ではなく成果と成長で役割を任せる。
若いうちに意思決定を経験させることを、真ん中に置いています。
「個人 > 会社」。会社に依存する人ではなく、会社が変わっても通用する人を増やす。
ジャンプは、火曜日に来た
Q学生時代は、どんな方だったのでしょうか?
出身は九州の宮崎です。
父も母も警察官で、田舎の公務員家庭で育ちました。
中学生のころ、僕にとって『週刊少年ジャンプ』は火曜日に発売されるものでした。
でもあるとき、東京では月曜に出ていると聞いたんです。
「え、なんで?」と思って。
そこで、情報格差というものを痛感しました。
あの感覚は、いまでもはっきり覚えています。
僕は情報格差が、嫌いなんです。
だから「東京へ行こう」と決めました。
ご両親が警察官だったことは、児玉さん自身が過去のインタビューでも語っています。そこでは「社会のために働く」という両親の姿勢が人生観に影響し、事業を考えるときに「社会の役に立つこと」を第一条件に置くようになった、と説明されていました。
この日の取材で語られたのは、その手前にある、もっと個人的な記憶です。制度でも理念でもなく、火曜日と月曜日の一日の差。少年にとっての不公平は、そういう形をしていました。
Q上京されてからは、いかがでしたか?
情報格差に腹を立てていた気持ちは、正直、いったんどこかへ行きました(笑)。
大学から東京に出て、サーフィンにハマって、そればかりやっていました。
本当に没頭していましたね。
明治大学法学部を2007年3月に卒業。ちなみにサーフィンは、この先の人生にもう一度効いてきます。後年、ABCashの構想が生まれたきっかけは、サーフィン仲間になった相手が金融教育スクールの経営者だった、という偶然でした。
ファミマの先輩が、一冊の本をくれた
Q就職活動の時期に、転機があったとうかがいました。何があったのでしょうか?
就活が終わるころでした。
アルバイトをしていたファミリーマートの先輩が、藤田晋さんの『渋谷ではたらく社長の告白』をくれたんです。
読んで、「起業家ってカッコいいな」と思いました。
そこで、将来は起業家になろうと決めました。
いまも頑張れているのは、藤田さんへの憧れが理由だと思います。
Qその本の、どの部分が一番刺さったのでしょうか?
「すごい会社に入った人がすごいんじゃない。すごい会社を作った人がすごいんだ」というセリフです。
そこで胸を撃たれました。
入る側じゃなくて、作る側に回りたい。そう思ったんです。
正直、あの本が全てでした。
いまも社長室のデスクに置いてあります。
Qそこから、サイバーエージェントを受けられたのですね?
はい。藤田さんみたいな起業家になりたい、と思ってサイバーエージェントを受けました。
最終面接が藤田さんだったんです。
当時、僕は調布に住んでいました。
藤田さんが履歴書を見て、沈黙が流れて。何の質問が来るんだろう、と身構えていたら、
「調布に住んでるんだ。調布って微妙じゃない?」
……そこからずっと調布の話でした(笑)。
いろいろ準備していったんですけどね。
面接の終わりに「何やりたいの?」と聞かれて、「営業やマネジメントをやりたいです」と答えて、終了。
15分くらいでした。
Q手応えは、どうだったのでしょうか?
落ちたと思っていました。
そうしたら、人事から合格の連絡が来て。
入社後に藤田さんに聞いたら、「全然覚えてない」と言われました(笑)。
たぶん、予期せぬ質問をして、カルチャーにマッチするかどうかを見ていたんだと思います。
この「憧れから入社する」という選び方を、児玉さんは後年、学生向けのインタビューでも勧めています。曰く、憧れの人を一人見つけること。その人のようになろうと目指すと、行動が加速する——。20歳のときに藤田さんの本を読んだ、という経験から出てきた助言です。
藤田さんへの憧れが、いまも原動力になっている。

異動になっても、朝会と週報をやめなかった
Q入社後は、どのようなキャリアだったのでしょうか?
入社時に「藤田さんの直下に置いてください」と言いました。
結果的にサイバーエージェントには、10年ほどいました。
正確には2007年4月から2018年1月までの約11年です。この間に児玉さんは、Amebaブログアプリの立ち上げ、Amebaブログ事業部長、プラットフォーム統括責任者、テクノロジーイノベーション室長、ABEMA TVの広告開発局長を務めています。
そして、その11年の真ん中あたりに、本人が「転機」と呼ぶ出来事があります。
Qそのなかで、最も苦しかった経験は何でしょうか?
社運を賭けたプロジェクトのリーダーに、藤田さんが抜擢してくれたことがありました。
100人くらいのメンバーで進めていて、僕は最新の進捗を毎朝、藤田さんに送っていました。
結果として、リリースが1か月遅れてしまったんです。
リリース後、「お疲れさまでした」と言われました。
そのあと、異動になりました。
藤田さんと毎日会話するようなポジションから、そうではない場所へ、ということです。
Qそのとき、どう受け止められたのでしょうか?
落ち込まなかったと言えば、嘘になります。
ただ、異動先でやったのは、特別なことではありませんでした。
朝会をやる。週報を書く。ランキングを出す。
そういうマネジメントの基本を、ちゃんとやり切りました。
そうしたら、1年後にそのプロジェクトがヒットしたんです。
そこで藤田さんから、次はABEMA TVの広告責任者へ、と声がかかりました。
この「朝会・週報・ランキング」という3点セットは、以降の児玉さんの仕事のすべてに通底します。派手な打ち手ではありません。ですが、この地味な3つを止めなかったことが、後にABCashの生死を分けることになります。
なお、児玉さんはAmebaブログアプリの立ち上げで社内のベストマネージャー賞を受賞しています。事業を伸ばした表彰ではなく、マネジメントの表彰だったことは、この人のキャリアを読むうえで示唆的です。
朝会、週報、ランキング。地味な3つを、止めなかった。
悪魔に、心臓を握られていた
Q2018年に独立され、ABCash Technologiesを創業されます。どういう会社だったのでしょうか?
金融教育の会社です。
日本は、お金との付き合い方を学ぶ機会がないまま社会に出る人が多い。
そこに大きな情報の非対称性がある、と思っていました。
……これも、突き詰めれば情報格差なんですよね。
2018年1月末にサイバーエージェントを退社し、2月2日に設立。同年6月に、お金のトレーニングスタジオ「ABCash」をリリースしています。創業当初のターゲットは20〜30代の女性に絞られていました。この「まず一点に絞る」という考え方について、児玉さんは過去のインタビューで、藤田さんから教わった「吉野家の牛丼は美味い理論」——一点突破の重要性——として説明しています。
Qローラさんをブランドアンバサダーに迎えられました。どのように依頼されたのでしょうか?
「やるなら世の中に革新を」と言っていたので、ローラさんにオファーしました。
こちらにお金はない。でも志はある、と。
手紙を書いて、ロサンゼルスに送りました。
広告塔としてではなく、一緒のプロジェクトメンバーとしてやってほしい、世の中を変える必要があるから、と。
そうしたら、OKをいただけたんです。
この件について、児玉さんは当時のインタビューで「釣り合わないのは一目瞭然でした」と振り返っています。それでも実現したのは、ローラさん本人がABCashの理念に共感したからでした。しかも条件は「単なる広告塔ではなく、自分もトレーニングを受けたうえでブランドアンバサダーに就任する」。児玉さんが手紙に書いた「プロジェクトメンバーとして」という依頼が、そのまま受け入れられた形です。
就任の発表は2020年2月。児玉さんのキャリアの、ひとつの頂点でした。
Qそこから、状況が変わるのですね?
2020年2月に記者会見をしました。
会見のあと、ローラさんが「そういえば、コロナが流行ってるから、お互い気をつけようね」と言って、ロサンゼルスに帰られたんです。
……そこからでした。人生で最大の危機を迎えるのは。
そこまでが、人生の最高潮だったと思います。
Q具体的には、何が起きたのでしょうか?
まず、資金調達の投資家ミーティングです。
行ってみたら、「会社に行けないので、投資委員会が開けません」と言われました。
数か月でキャッシュアウトする、という状況になりました。
そのうえで、勝負をかけるつもりで都内に6店舗を出していたんです。銀座、新宿、表参道といった場所に。
オープンから2か月で、全店閉鎖しました。
受講生からも返金の依頼が来ました。
そして、真っ先に管理部長が辞めました。
売上がほぼゼロになって、「詰んだな」と。
そのとき、顔面が痙攣しました。
顔の右半分が、ずっと。
夜は当然眠れないので、お酒を飲んで、倒れるように寝ていました。
「あ、これ死ぬな」という感じと、「やるしかない」という気持ちが、半々でした。
悪魔に心臓を握られているような感覚で、ずっと心臓が苦しかったです。
児玉さんが語る店舗数は6、公開インタビューに残る数字は「都内7スタジオ」です。増床の時期による差と思われますが、記事では発言のまま6店舗と記載しています。
Qそこから、どう立て直されたのでしょうか?
サイバーエージェント時代の同期で、当時No.2だった人間が、提案してくれたんです。
「最後の手段として、オンラインスクールに切り替えるしかないのではないか」と。
道はそれしかなかったので、フルベットしました。
カリキュラムを全部つくり替えて。
そこから、めちゃくちゃ伸びました。
巣ごもり需要を刈り取れたんです。
オンラインへの全面移行は、実際に数字として表れています。2020年4月には全国からの受講が可能になり、当時のインタビューでは「入会数は創業以来の過去最高を更新」と語られていました。通学が不要になったことで、むしろ受講のハードルが下がったのです。同年10月にはシリーズBのセカンドクローズを発表し、「オンライン化で全国展開が加速」したと発表しています。
そして2022年3月、シリーズCとして約12億円を調達。累計調達額は25億円以上に達しました。受講者数は2021年5月に1万人、2022年5月に2万人、2024年2月に5万人、2025年2月に7万人を突破。現在は8万人を超えています。
Q危機を越えられた要因は、何だったとお考えですか?
あとから、幹部に聞いたんです。
「なんで逃げずに、頑張ってくれたの?」と。
そうしたら、こう言われました。
「週報とか表彰とか、ずっと続けてくれたじゃないですか。あれが嬉しかったです」
……プロダクトの話でも、給料の話でもなかったんですよ。
僕がやっていたのは、いつも通りの、活性化のマネジメントを止めなかったことだけでした。
そこで気づいたんです。
危機的状況のときほど、活性化のマネジメントが効くんだと。
マネジメントが大事だな、と、あのとき本当に痛感しました。
異動先で続けた朝会と週報が、10年近い時間を挟んで、会社の生存に効いた——。この一本の線が、いまのSkillRingの事業の根拠になっています。
児玉さんは2023年8月にABCash Technologiesの代表を退任し、共同創業者の辻侑吾さんに社長を引き継ぎました。SkillRingの設立は、その翌月です。
「週報とか表彰とか、ずっと続けてくれたじゃないですか」

マネジメントノートを、人生をかけて配る
Q今後、実現したいことは何でしょうか?
「マネジメントノート」の普及です。
成長企業のマネージャー育成のノウハウを、形にしてまとめたものです。
ベースになっているのは、サイバーエージェントで学んだことと、スタートアップで実践したこと。この2つのミックスです。
僕は、組織の成長も崩壊も、マネージャーの腕で決まると思っています。
Q本腰を入れられたのは、いつごろからでしょうか?
1年半ほど前からです。
きっかけは、成長企業の経営層やマネジメント層で、マネジメントのテクニックをちゃんと学んでいる人が、思ったより少ないと感じたことでした。
事業のことは猛烈に勉強しているのに、マネジメントは自己流のまま、という方が多いんです。
そこで、また気づきました。
「ああ、ここにも情報格差があるんだな」と。
中学生の児玉さんが宮崎で感じた一日の差は、ここで一周して戻ってきます。ジャンプの発売日、金融リテラシー、そしてマネジメントの技術。児玉さんが選んできた事業領域は、すべて「知っている人と知らない人の間にある溝」でした。
Qご自身の経験が、そのまま説得力になりますね?
自分の人生で乗り越えてきたことがあるので、熱を持って伝えられると思っています。
しかもマネジメントは、良いときも悪いときも効果が出る。
そして再現性がある。
そこに気づいたので、人生を賭けて普及させていこうと思っています。
SkillRingが掲げる「組織活性化で、勝負する。」というメッセージは、この文脈で読むと意味が変わります。福利厚生の話でも、雰囲気づくりの話でもありません。危機のときに会社が生き残るかどうかを決める技術としての、活性化です。
組織の成長も、崩壊も、マネージャーの腕で決まる。
「仕事、めっちゃ楽しいよ」
Qこれから社会に出る若い方に、最も伝えたいことは何でしょうか?
「仕事、めっちゃ楽しいよ」ということです。
学生のころ、大学の先輩に「仕事は大変だよ。学生のうちに旅行に行っておきなよ」と言われていました。
でも、いまのほうが雲泥の差で楽しいです。
Q何が、そんなに楽しいのでしょうか?
「成長」ですね。
仕事を通して、人間的に成長させてもらっていると思っています。
しかも、どんどん成長できるのは、責任が発生する仕事を通してだけなんです。
それは、いまもなお変わりません。
僕は、「成長以外は死」だと思っています。
だから、若い人にも早いうちから責任のある仕事をしてほしい。
SkillRingで年齢ではなく成果と成長で役割を任せているのも、同じ理由です。
児玉さん自身、20歳で藤田さんの本に出会い、27歳で100名規模の事業責任者になっています。若いうちに意思決定を任された人が、その後どうなるかを、自分の身で証明してきた人です。
学生向けのインタビューでは、こんな助言も残しています。憧れの人を一人見つけること。学生のうちに複数の会社をインターンで経験すること。「学生であることは特権で、複数の会社を経験できるのは、働き始めたらできなくなる」。
「成長以外は死」。そう言い切れる人が、若手に意思決定を渡している。
EDITOR'S NOTE / 編集後記
児玉隆洋さんの話には、一本の線が通っています。
宮崎の中学生が感じた、ジャンプの発売日の一日の差。
日本人がお金の知識を持たないまま社会に出ることへの違和感。
成長企業のマネージャーが、マネジメントを学ぶ機会を持たないという事実。
すべて「情報格差」です。
そして、児玉さんがその格差を埋めるやり方は、一貫して地味です。
社運を賭けたプロジェクトを1か月遅らせて異動になった先で、この人がやったのは、朝会と週報とランキングでした。コロナで全店舗が閉まり、売上がほぼゼロになり、顔の右半分が痙攣していたときも、週報と表彰をやめませんでした。
その地味さが、幹部を会社に残しました。
「なんで逃げずに頑張ってくれたの?」と聞いた児玉さんに返ってきた答えが、プロダクトでも報酬でもなく「週報とか表彰とか、ずっと続けてくれたじゃないですか」だったこと。この一点に、SkillRingという会社の存在理由が詰まっています。
掲げているのは「個人 > 会社」。会社に依存する人を増やすのではなく、会社が変わっても通用する人を増やす。支援先にも、採用のノウハウを残して去る。
自社の利益から見れば、明らかに効率の悪い思想です。
それでもこの人がそう言うのは、たぶん、火曜日にジャンプを読んでいた少年が、いまも中にいるからだと思います。
1983年生まれ、宮崎県出身。明治大学法学部卒業。
2007年、株式会社サイバーエージェントに新卒入社。Amebaブログアプリを責任者として立ち上げ、AppStoreランキング1位を獲得。ベストマネージャー賞を受賞する。Amebaブログ事業部長としてFacebook・Instagramとの事業提携を実現し、プラットフォーム統括責任者、テクノロジーイノベーション室長、ABEMA TV広告開発局長を歴任。
2018年2月、株式会社ABCash Technologies(旧bookee)を設立し、代表取締役社長に就任。パーソナル金融教育として日本最大級となる累計受講者8万人、累計資金調達25億円以上の規模に成長させる。2023年8月に代表を退任。
2023年9月、株式会社SkillRingを設立し、代表取締役社長に就任。成長企業向けのHRサービスを展開している。
日本スタートアップピッチ2019全国優勝。FINTECH JAPAN 2021準優勝。経済産業省 起業家育成プログラム講師、早稲田大学・学習院大学講師。著書に『未来のお金の稼ぎ方 お金が増えれば人生は変わる』(幻冬舎、2022年)。
会社概要
会社名:株式会社SkillRing
設立:2023年9月
所在地:東京都港区虎ノ門5-11-12 虎ノ門ACTビル4階
代表者:児玉 隆洋
事業内容:HR総合支援(採用支援/マネージャー人材紹介/マネージャー育成研修)
有料職業紹介事業許可番号:13-ユ-317677
コーポレートサイト:https://skillring.co.jp/
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