フリーターから、25歳で上場企業の取締役へ。串カツ田中・大須賀伸博の思考法 – ZEROWORKS(ゼロワークス)
EXECUTIVE INTERVIEW
No.006
EXECUTIVE INTERVIEW

目指すは、国内外で1,000店舗

COMPANY
株式会社ユニシアホールディングス
NAME
大須賀 伸博
CATEGORY
飲食・食品
READ
約17分 / 全7章
126 Views#外食#フランチャイズ#IPO・上場#現場叩き上げ

「串カツ田中」を運営してきた会社が、社名を変えました。

ユニシアホールディングス。飲食、海外、店舗の設計施工、デザイン、システム開発までを抱え、これからホテル・観光にも踏み出そうとしているグループです。

その経営の中枢にいるのが、取締役副社長の大須賀 伸博さん。

入社は2011年、20歳のとき。当時の店舗数は、6店舗か7店舗でした。

いま、グループの連結売上高は210億9,152万円(2025年11月期)、連結従業員は563名。東証スタンダード市場に上場しています。

店舗の一般社員から始まり、店長、スーパーバイザー、エリアマネージャー、営業部長。25歳で取締役になり、東証マザーズへの上場を経験し、副社長へ——。

その大須賀さんに「これまでで一番苦しかったこと」を尋ねると、返ってきたのは意外な答えでした。

「失敗は、あんまり記憶に残っていないんです」

強がりではありません。理由は、思考の順番にあります。

大学には行っていません。普通科の高校を出て、そのままフリーター。トラックの運転手をしながら、週末は飲食店でアルバイト。やりたいことは、特になかった。

変わったのは、20歳で結婚したときでした。家族を持って初めて、「何のために働くか」が決まった。

現場から会社をつくってきた経営者の原点と、「どうやったらできるか」だけを考え続けてきた判断軸を、本人の言葉でたどります。

「失敗は、あんまり記憶に残っていないんです」

01
SECTION 01

「串カツ田中」の会社が、社名を変えた

Qまず、現在はどのような事業を展開されているのでしょうか?

ユニシアホールディングスは、「串カツ田中」を中核に置きながら、飲食、海外、店舗の設計施工、デザイン、システム開発まで手がけるグループです。今後は、ホテル・観光の領域にも広げていく計画です。

飲食では、串カツ田中に加えて、2025年12月にPISOLAを完全子会社化しました。「天のめし」「厚とん」「カツのジョー」といった新しい業態も、次々と立ち上げています。

海外はアメリカが中心です。「TANAKA」や「天のめし」を展開しています。日本の食文化を、そのまま海外へ持っていく事業ですね。

Q飲食以外の会社も、グループに持っていらっしゃるのでしょうか?

店舗の設計・施工を行うジーティーデザイン、Web・グラフィック・SNS・広告を担うETOHA LAB、業務アプリを開発するリスターツ。店舗を「つくる・運営する・発信する」という機能まで、グループの中に持っている状態です。

グループには、串カツ田中、ピソラ、ジーティーデザイン、ETOHA LAB、Restartz に加えて、海外事業を担うTANAKA INTERNATIONAL INC.とTI.LA.INC.が並びます。会社の設立そのものは2002年3月です。

私自身、ETOHA LABの代表も務めています。外食のオペレーションだけではなく、ブランドやデザインまで、事業成長の武器として扱っていきたいと思っています。

Qユニシアならではの強みは、どこにありますか?

一番は、「串カツ田中」というブランドをゼロから全国規模まで育ててきた、店舗運営とFC展開のノウハウです。

ただ、いまはそこだけに依存しない会社に変わろうとしています。2025年にあえて「脱・串カツ田中」を掲げ、その後PISOLAをグループに迎え、2026年には社名そのものをユニシアに変えました。

社名変更は2026年3月1日。「UNISIA」は「UNI(ひとつの)」と「SEA(海)」を組み合わせた造語で、多様なブランドと人材がひとつのチームとなり、世界をつなぐ四つの海へ進み出す、という意味が込められています。会社はこれを「第二創業期」と位置づけています。

PISOLAの完全子会社化は2025年12月1日付。買収額は95億円で、2026年2月末時点の店舗数は67店舗です。関西・東海を地盤に、近年は関東郊外への出店を加速してきたイタリアンのファミリーレストランで、ピソラの社長だった鬼界友則さんは、ホールディングスの取締役に就いています。

新しいブランドをつくって、店舗を増やして、改善していく。その仕組み自体を自分たちで持っている。それが、いまの強みだと思っています。

Q今後、実現したいことは何ですか?

掲げているミッションは、「食とおもてなしで、世界の暮らしと旅を豊かにするインフラになる」。

目指しているのは、外食チェーン企業ではありません。食・旅・体験をデザインする会社です。飲食、インバウンド、ホテル・リゾート、海外事業を組み合わせていきます。目標は、国内外で1,000店舗です。

「串カツ田中をもっと大きくする」フェーズから、「串カツ田中で培ってきた経営資産を使って、複数ブランド・複数事業を世界で展開する」フェーズに移った。そう捉えていただくのが、一番わかりやすいと思います。

大須賀 伸博
家族を持って初めて、「何のために働くか」が決まった。
02
SECTION 02

20歳の結婚が、「何のために働くか」を決めた

Q学生時代は、どんな方だったのでしょうか?

大学には行っていません。普通科の高校を出て、そのままフリーターになりました。

特にやりたいことがなかったですし、大学進学も全く考えていませんでした。ただただ、バイトをしていましたね。トラックの運転手をやったり、週末は飲食店で働いたり。

Qそこから、何が変わったのですか?

20歳くらいのときに、結婚したんです。

家族を持って、何のために働くのかが明確になりました。仕事に本気で取り組もう、と。

それで正社員の仕事を探していたときに出会ったのが、串カツ田中でした。

Q入社された当時は、どんな会社でしたか?

2011年です。当時はまだ、6店舗か7店舗くらいしかありませんでした。ちょうど、そこからフランチャイズ展開を進めていくタイミングでした。

週休2日で、メリハリのある働き方ができて、従業員を大切にする会社でした。飲食業に対して世の中が持っているイメージとは、だいぶ違ったんです。

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SECTION 03

10日で締める店——「1つの会社を運営している感覚」

Q現場で働く中で、印象に残っているのはどんなことですか?

飲食店には、ゴールがないんです。

新店のオープンから携わって、業績が良かったとしても、学ぶことのほうが多い。やってもやっても終わりがない。そこが面白かったですね。

Q店舗を任される感覚は、どんなものでしたか?

お店の運営をしているのですが、感覚としては、1つの会社を運営しているのに近いです。

うちは店舗ごとにP/Lを開示していて、しかも10日ごとにやっていました。普通なら1ヶ月で振り返るところを、10日で振り返る。だから経験値の貯まり方も、スピード感も、速かったと思います。

Qマネジメントは、いかがでしたか?

20歳でしたから、年上の方や同世代とチームをつくることになります。メンバーには、本当に恵まれました。

アルバイトを含めたチームで、お店をつくっている。これがすごく良い経験でした。チームマネジメントですね。

接客や調理以外の部分に触れて、「飲食業って面白いな」と思えたんです。

Qそれ以前と比べて、働くことへの感覚は変わりましたか?

働くこと自体に、苦はありませんでした。ただ、トラックの運転手をしていた頃は、モチベーションがなかったんです。

仕事の楽しさを知ったのは、串カツ田中に入ってからですね。

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SECTION 04

一般社員から、25歳で取締役へ

Q入社後は、どのようなキャリアを歩まれたのでしょうか?

店舗の一般社員から入って、店長、スーパーバイザー、エリアマネージャー、営業部長。25歳で取締役になりました。そして、東証マザーズへの上場です。

会社が公表している役職の年表は、こうです。2011年5月入社、2015年2月に執行役員、同年12月に取締役営業部長。翌2016年9月に東証マザーズ上場、同年12月に取締役営業本部長。2018年6月に取締役営業戦略部長、2019年6月には会社が東証一部へ。そして2022年6月、取締役副社長COOに就任しています。入社から執行役員まで3年9か月、取締役まで4年7か月でした。

その後、取締役副社長に就任しました。

Q当時の経営体制は、どのようなものでしたか?

社長、副社長、取締役CFO、店舗開発の取締役、そして営業(店舗運営)の取締役という構成でした。

私は現場から上がってきた人間なので、店舗運営の側から会社を見てきたことになります。

大須賀 伸博
やばい状況でも「どうしたらできるのか」を考える。その思考を、常々やってきた。
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SECTION 05

1年で60店舗。「どうやったらできるか」しか考えない

Qこれまでで一番苦しかったことと、それをどう乗り越えたかを教えていただけますか?

たくさん失敗してきていると思うのですが、あんまり記憶に残っていないんです。

やばい状況だとしても、「どうするか」「どうしたらできるのか」を考える。そういう思考を、常々やってきました。

何かが途中で終わった、失敗した、ということが、あまりない。どんな形でも成功に持っていく。こういう考え方、乗り越え方をしてきました。

Qその考え方は、どこから来ているのでしょうか?

創業者が、こういう考え方だったんです。創業者から学びました。失敗を失敗で終わらせない。常に最悪のパターンも想定して成功に導くこと。

Q具体的に、苦しかった局面はありますか?

上場の前後に、1年で60店舗を出していた時期がありました。

こういうときは、不平不満が上がってきます。人手が足りない、オペレーションでエラーが起きる。放置したら、失敗になってしまう。

ただ、串カツを日本の食文化にする、串カツを食べて楽しんでもらう。そこは大切にしていました。皆に求められていて、波に乗っているのだから、どうやって乗り越えていくかを考える。

できる限り対話をして、「どうやったらできるかを考えていこう」という話をしていました。

06
SECTION 06

お客様を笑顔にする前に、スタッフが笑顔でいられるか

Qいまの経営で、大切にしている考え方は何でしょうか?

従業員の物心両面の幸福を追求すること。そして、働いている従業員の笑顔を、すごく大切にしています。

お客様を笑顔にする前に、スタッフが笑顔じゃないと、と思うんです。

Qそこには、順番があるのでしょうか?

サービスプロフィットチェーンという考え方です。ES(従業員満足)があって、売上があって、利益がある。

お客様を笑顔にするために、自分たちがどう笑顔でいるか。そこが出発点です。

Qそれは、現場での経験から来ているのでしょうか?

アルバイトを含めたチームで、お店をつくってきた。あの経験が、そのままいまにつながっていると思います。

自分の強み、自分にしかできないことが必要になる。「色々できます」では、通用しなくなってくると思います。

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SECTION 07

「色々できます」では、通用しなくなる

Qこれから社会に出る若者に、最も伝えたいことは何ですか?

「何のために仕事をするか」は、すごく難しい問いだと思います。

私自身、家族ができたということがなかったら、多分ちゃんと仕事をしていないと思うんです。最低限はしていたかもしれませんが、どこにモチベーションを持っていくか、ずっと悩んでいたはずです。

Qいまの時代ならではの難しさも、あるのでしょうか?

AIの台頭で、考えることがより減ってきて、なくなる仕事も多くなります。

だからこそ、自分の強み、自分にしかできないことが必要になる。「色々できます」では、通用しなくなってくると思います。

Qご自身のお子さんについては、どうお考えですか?

子どもが中学3年で、来年高校1年です。アルバイトを始めようとしていて、進路を考えるタイミングなんです。

その子が社会に出ていくことを考えると、やはり強みを持っておかないと、と思います。

自分が熱中できることや強みは、持っていたほうがいい。その中で、「何のために働いているのか」が見つかるのかなと思っています。

Q会社の中でも、同じことを感じていますか?

本社に100人ほどいて、管理職ではない社員が6割くらいいます。その全員がワクワクして働けているかというと、まだそこまでではないと感じています。

仕事へのモチベーションと、プライベートへのモチベーション。どちらもあっていいと思うんです。ただ、どうせ働くなら、ワクワク働いてほしい。

何かしら強みを持っていたり、自分がやりたいことがあったりすると、違うんじゃないかと。自分の強み、軸を持ちながら働いていけば、自然と「何のために仕事をしているのか」が見えてくると思っています。

EDITOR'S NOTE / 編集後記

「失敗は、あんまり記憶に残っていない」。

大学には行かず、フリーターとしてトラックを運転していた青年が、20歳の結婚で「何のために働くか」を決めた。

入った会社は、6店舗か7店舗。店舗ごとのP/Lを10日で締める環境で、年上のアルバイトも含めたチームと店をつくり、25歳で取締役になった。

1年で60店舗を出せば、現場からは不平不満が上がってくる。人手が足りない、オペレーションが回らない。放置すれば、それは失敗になる。

それでも、できる限り対話をして、「どうやったらできるか」を一緒に考えてきた。だから、失敗として記憶に残っていない。

お客様を笑顔にする前に、スタッフが笑顔でいられるか。

「色々できます」では通用しない時代に、自分の強みと軸を持つこと。

串カツ田中という一本足から、食と旅のグループへ。会社の第二創業と、一人の経営者の原点は、同じ問いでつながっているように見えます。

——何のために、働くのか。

大須賀 伸博

ユニシアホールディングス 取締役副社長

大須賀 伸博株式会社ユニシアホールディングス 取締役副社長

普通科の高校を卒業後、フリーターとしてトラック運転手などを経験。20歳で結婚したことを機に「何のために働くか」が定まり、正社員の職を探すなかで串カツ田中と出会う。

2011年、株式会社串カツ田中(現・ユニシアホールディングス)に入社。当時の店舗数は6〜7店舗。店舗の一般社員から店長、スーパーバイザー、エリアマネージャー、営業部長を経て、25歳で取締役に就任し、東証マザーズ上場を経験する。

2015年2月に執行役員、同年12月に取締役営業部長。2016年12月 取締役営業本部長、2018年6月 取締役営業戦略部長を経て、2022年6月より取締役副社長COO。採用、M&A(国内・国外)、店舗開発・出店・FCを管掌する。

グループ内では、株式会社串カツ田中 取締役副社長(2022年6月〜)、株式会社リスターツ 取締役(2021年10月〜)、株式会社ジーティーデザイン 取締役(2022年10月〜)、株式会社ETOHA LAB 代表取締役(2025年2月〜)、株式会社ピソラ 取締役(2025年12月〜)を兼務。

「串カツ田中」を中核に、PISOLA、天のめし、厚とんなどの飲食ブランド、海外事業、店舗設計施工、デザイン、システム開発を展開するユニシアホールディングスで、「食とおもてなしで、世界の暮らしと旅を豊かにするインフラになる」というミッションの実現に挑む。

株式会社ユニシアホールディングス

2002年3月20日設立。東京都品川区東五反田。代表取締役会長兼社長・貫啓二。2016年9月に東証マザーズ上場、2019年6月に東証一部(現・東証スタンダード市場、証券コード3547)。2026年3月1日に株式会社串カツ田中ホールディングスから商号変更した。「串カツ田中」を中核に、2025年12月に完全子会社化したイタリアンファミリーレストラン「PISOLA」、海外事業のTANAKA INTERNATIONAL INC.、店舗設計施工のジーティーデザイン、クリエイティブのETOHA LAB、システム開発のRestartzを擁する。2025年11月期の連結売上高は210億9,152万円(前期比25.07%増)、親会社株主に帰属する当期純利益は7億4,458万円(同95.75%増)。資本金3億600万円、連結従業員563名(2025年11月末時点)。

コーポレートサイト:https://unisia.co.jp/

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