400人。
PR会社の営業として、岡内大晟さんが会ってきた経営者の数です。
日本で一番難しい営業をやろう。会社の看板では売れない場所に行こう。そう決めて飛び込んだ広告代理店で、来る日も来る日も社長に会い続けました。
そこで気づいたことが、ひとつあります。
「学力の話を、誰もしなかったんです」
経済を動かし、世の中をつくっている人たちが語っていたのは、偏差値でも学歴でもありませんでした。個性。コミュニケーション。愛嬌。熱量。学校が評価してきたものと、社会が求めているものが、はっきりとズレていた。
岡内さんは、教師の家に生まれた人です。祖父は高校の校長、母は幼稚園の園長。自分も当然、教壇に立つのだと思っていました。関西大学で教員免許を取り、教育実習にも行きました。
そこで、足が止まります。
社会のことを知らない自分が、これから社会に出ていく高校生に、何を教えられるのか。
その問いを抱えたまま社会に出て、400人の経営者に会い、総合型選抜(旧AO入試)の専門塾で校舎長を務め——2023年4月、兵庫県明石市に、生徒19人の学校を開きました。
通信制高校サポート校、青楓館高等学院。
3年後のいま、生徒数は約350名。明石本校、芦屋校、オンライン校の3拠点。教員採用倍率は356倍(全国平均2.9倍)。生成AIを活用する学校の国際ネットワーク「Global AI Nexus of Schools(GAINS)」には、日本の代表校として参画しています。
掲げている理念は、ひとつです。
「『右にならえ』の教育に、終止符を。」
「右にならえ」に、終止符を
学校の中だけで教育を完結させない。3年で350名に育った「個性教育」の中身
Qまず、現在どのような事業をされているのか教えていただけますか?
岡内:一言でいうと、日本一生徒が変わる学校をつくっています。
通信制高校のサポート校で、いまは明石本校と芦屋校、それからオンライン校の3つですね。開校して3年で、生徒は350名くらいになりました。
理念は「『右にならえ』の教育に終止符を。」です。一律の評価基準に生徒を合わせるんじゃなくて、一人ひとりの個性や興味から、学び方も進路もつくっていく。カリキュラムは完全オーダーメイドです。
この「350名」という数字の重さは、出発点と並べたときにはっきりします。2023年4月の開校時、青楓館高等学院の生徒は19人でした。そこから毎年ほぼ倍のペースで増え、2026年4月には2校舎目となる芦屋校を開校しています。3年で生徒数は約18倍。通信制高校サポート校という業態で、これはかなり異例のスピードです。
外部からの評価も、この期間に集中しています。2023年度には一般財団法人三菱みらい育成財団の助成プログラムに採択されました。採択されたのは「高校生の『社会で生きる力』を育む自治体・企業連携型Project Based Learning」というプログラムで、北海道・秋田・埼玉・神戸・淡路・熊本の6地域に生徒100名を派遣する内容です。
Q具体的には、どのような学び方をするのでしょうか?
岡内:軸になっているのは、週1回の1on1と、PBL(課題解決型学習)です。
あとは企業や自治体とのプロジェクト、社会人ゲストとの接点ですね。実際に生徒が企業の商品開発に入ったり、まちづくりに関わったり、学校運営そのものにも関わっています。
大学進学だけをゴールにはしていません。就職も、海外大学も含めて、「その子がどう生きたいのか」から進路を考える。そこがキャリア教育としての強みだと思っています。
この「週1回の1on1」は、単なる面談ではありません。岡内さんは公開インタビューのなかで、カウンセリング・メンタリング・コーチングの3種類を、生徒の精神状態に合わせて使い分けていると説明しています。入学直後は「承認100%、伝えることゼロ」から始める。そこから段階的に関わり方を変えていく、という設計です。
PBLは常時10件ほどが同時並行で動いています。企業の商品開発、地方の街おこしイベント。熊本でのPBLでは、インクルーシブ公園の整備支援に生徒が参加しました。
カリキュラムには、ゲームのような仕組みも組み込まれています。「コミュニケーション」「心の成長」「ビジネス戦闘力」の3軸で構成され、ブロンズ・シルバー・ゴールドの3段階を進んでいくバッジ制度。岡内さんはこれを「ポケモンのジムバッジみたいなイメージ」と表現しています。特定のバッジを取らないと参加できないPBLや部活動がある、という設計です。
そして、青楓館には「担任」がいません。全教員で全生徒を把握する体制を取っているためです。
Q数ある教育機関のなかで、青楓館ならではの強みはどこにあるとお考えでしょうか?
岡内:一番特徴的なのは、学校の中だけで教育を完結させないことです。
高校生のうちから社会人や企業、自治体と関わって、「社会に出てから必要になる力」を学校生活の中で経験させている。そこが違うと思います。
根っこにあるのは、僕自身が感じた「学校で評価される人材」と「社会で活躍する人材」のズレなんですよ。PR会社時代に400人以上の経営者と会って、学力以上に、個性やコミュニケーション、愛嬌、熱量を持っている人たちが社会を動かしているんだと気づいた。
その後、総合型選抜の専門塾で60名くらいの生徒を担当したんですが、一見すると目立った実績のない生徒にも、必ず強みがあるんです。担当していた校舎で合格率100%を達成した経験が、いまの個性教育の原型になっています。
だから青楓館の強みは、「普通の学校でうまくいかなかった子を救うこと」だけじゃないと思っていて。今までの学校教育では評価しにくかった個性を見つけて、それを社会で使える“才能”に変えることにある。そう思っています。
この「救うだけではない」という線の引き方は、岡内さんの教育観の核心にあたります。
青楓館の生徒のうち、およそ8割は不登校の経験者です。残る2割は「いまの教育のままでは将来生き残れない」と判断して入ってきた層だと説明されています。つまり、いわゆる進学校で成績上位だった生徒も含まれる。共通しているのは学力ではなく、「承認されているかどうか」だと岡内さんは言います。既存の学校の評価軸は学力か部活かの二軸しかなく、そこで評価されなかった子が来る、と。
だからこそ、岡内さんは既存の「多様性教育」に対しては明確に批判的です。公開インタビューでは、こう述べています。
不登校になったら、人生終わりか。終わりなわけがない。
寄り添うことや個別指導は、言い換えれば「決められたゴールへの個別最適化」にすぎない——それが岡内さんの見立てです。青楓館が目指しているのは、生徒自身が自分でゴールを設定し、自分の力で更新し続けられる状態をつくること。守ることと、可能性を狭めないこと。その両方を同時にやろうとしています。
Q今後、実現していきたいことは何でしょうか?
岡内:掲げている大きな目標は、「日本を世界一の教育大国へ」です。
青楓館の生徒数を増やすことが目的じゃなくて、日本の教育そのもののスタンダードを変えたい。青楓館を特殊な「オルタナティブスクール」で終わらせるんじゃなくて、個性を尊重する教育を、日本の“王道”にしたいんです。
だから最終的に変えたいのは、学校制度というより、「みんなと同じであることが正解」という価値観そのものなんだと思います。一人ひとりが自分の個性を理解して、それを武器に社会へ出られる状態をつくりたい。
「王道にする」という言葉は、比喩ではありません。実際に青楓館は、この2年で一気に“制度の側”へ接続しています。
2025年、一般社団法人教育AI活用協会(AIUEO)から「AI先端モデル校」に認定。同年8月には、シンガポールで発足した国際ネットワーク「Global AI Nexus of Schools(GAINS)」に、日本の代表校として正式参画しました。エストニア、ルーマニア、アメリカ、中国、シンガポールなど8か国以上の教育機関が集まる枠組みで、OECDや世界の教育機関と連携しながらAI教育の国際モデルづくりに参加しています。
さらに令和8年度には、文部科学省の「EDU-Portニッポン」応援プロジェクトに採択されました。日本・香港・シンガポールの3校で「AI×社会課題」のグローバル探究PBLを実施する企画です。海外大学との提携は160校を超えています。
国際会議の場で岡内さんが提言しているのは、意外にも技術論ではありません。
モラルだけは、世界一だと思っている。道徳心、協調性、他者への敬意——これはAIが発達すればするほど、むしろ重要になっていく。
AIですべてが代替される時代だからこそ、「どう生きるか」を考え、それを支える教育が必要になる。10年後の青楓館について、岡内さんは「日本の教育の王道になっていないといけない」と語っています。
変えたいのは、学校制度というより「みんなと同じであることが正解」という価値観そのものなんです。
教師の家に生まれて、教師にならなかった
教育実習で足が止まり、「日本で一番難しい営業」へ。400人の経営者が教えたこと
Q学生時代は、どんな方だったのでしょうか?
岡内:母が教師で、祖父も教師で、親戚も教師で。だから自分も教師になるんだろうな、と思っていました。
その前提で学生時代に先生たちを見ていたんですけど、「なんでこんなに教え方が上手くないんだろう」と思っていたんですよ。そのうち気づいたのが、「何を言うか」より「誰が言うか」だな、ということでした。
1995年2月、大阪府八尾市生まれ。祖父は高校の校長、母は幼稚園の園長という、文字どおりの教育一家です。大阪府の浪速高等学校を経て、関西大学人間健康学部へ進学。目指していたのは体育教員でした。
体育、というところには理由があります。岡内さんは中学2年生で野球部のキャプテンを務めていましたが、眼科医から「このまま野球を続けたら失明するかもしれない」と告げられ、一度グラウンドを離れています。高校で再開し、関西大学では準硬式野球部に入り、2〜3年次には再びキャプテンを務めました。
この「一度居場所を失った」経験を、岡内さんは自身の教育観の根源として挙げています。苦しさを抱える子どもには、居場所が必要である——後年、彼が学校という形にこだわった理由のひとつが、ここにあります。
Q教員免許も取得されたと伺いました。それでも教師にならなかったのは、なぜでしょうか?
岡内:関西大学を出て、教員免許を取って、教育実習に行ったんです。
そこで、社会のことを知らない私が、これから社会に出ていく高校生に何を教えられるんだ、と思ってしまって。それで、就職することにしました。
どうせ行くなら、日本で一番難しい営業の会社はどこだ、と。会社の看板では売らないところ。それで広告代理店に入って、ゴリゴリの社長営業をやっていました。
2017年3月に関西大学人間健康学部を卒業し、同年4月、株式会社Enjinへ入社。営業職として、約3年間を過ごします。
配属された教育実習先は、偏差値40前後の高校でした。進路指導という役割を前にして、「社会のことを何も知らない自分に、キャリアのアドバイスをする資格がない」と感じた——それが教壇を選ばなかった直接の理由です。
そして飛び込んだ営業の現場で、冒頭に置いた気づきに出会います。400人以上の経営者と向き合って、学力の話を誰もしなかった。勉強ができた人よりも、コミュニケーション能力が高い人、愛嬌のある人のほうが活躍していた。
岡内さんが経営者たちに共通して見出したのは、2つでした。型にはまらないからこそのクリエイティビティや発想力。そして、失敗してもただ放り出さずにいたこと。
学校が測ってきたものと、社会が求めているもの。そのズレが、ここで確信に変わります。
Qそこで得た視点が、教育に戻るきっかけになったのでしょうか?
岡内:そうですね。一人ひとりの個性を見て、どう輝くかを伸ばす教育が、日本を救うんじゃないか。そう思うようになりました。
ちょうどそのころ、当時のAO入試に出会ったんです。それで専門の塾に転職して、校舎長と営業責任者をやりました。
2020年5月、株式会社花形へ入社。総合型選抜専門塾「AOI」を運営する会社です。
岡内さんがAO入試に可能性を見たのは、それが「学力だけでは測れない人間を評価できる仕組み」だったからでした。学校と社会のあいだに空いたギャップを埋める手段として、この入試制度を捉えていたわけです。
校舎責任者として担当した生徒は50〜60名。初年度から、担当校舎で合格率100%を達成しています。この数字が意味するのは、合格のノウハウよりもむしろ、「どんな子も輝かせることができる」という確信のほうでした。
Q塾から、学校へ。何が決め手だったのでしょうか?
岡内:塾には限界もあるんですよ。
生徒の時間って、ほとんどが学校にあるんです。週に2〜3時間関わるだけでは、どうしても足りない。そこで立ち上げようとしたのが、青楓館高等学院でした。
1年4ヶ月で立ち上げましたね。0期生を30名集めて、でも運用する人がいないので、複業クラウドでボランティアを90名集めて。クラウドファンディングで500万円貯めたのと、銀行から借りた融資を使って、学校を設立しました。
この「1年4ヶ月」を、記録から追うことができます。
出発点は2021年12月。岡内さんは、総合型選抜塾時代の上司だった藤原照恭さんに「学校の創り方わかりました! 一緒にやりませんか?」と連絡しています。藤原さんは自分より5歳年上で、しかも自分を採用した人物でした。大学院修了後にケニアのNGOで国際協力に従事し、日本IBMとアクセンチュアでコンサルタントを5年務めた経歴の持ち主です。その人が、5歳年下の誘いに乗った。藤原さんは現在、青楓館高等学院の学院長を務めています。
2022年2月27日、校舎の場所が兵庫県明石に決定。同年7月10日、クラウドファンディングが目標を達成します。集まった金額は5,152,000円、支援者は220名でした。
人は、複業マッチングサービス経由で集まりました。8月に複業クラウドへ掲載されると一気に85名以上へ増え、9月には100人を突破。最終的に、プロボノの複業スタッフ86名以上、客員講師22名、0期生30名、クラウドファンディング支援者220名——総勢350名を超える関係者が、開校前の青楓館に関わっていました。
一方で、岡内さん個人の貯金は10万円しかありませんでした。クラウドファンディングと知人からの支援を合わせて約1,800万円を集め、ビジネスコンテストでの最優秀賞受賞と3年間の補助金が、そこに加わります。2023年2月に開催された「U-30 KANSAI PITCH CONTEST」で、岡内さんは最優秀賞を受賞しました。
ただし、準備期間が順調だったわけではありません。当時のnoteで、岡内さんはこう振り返っています。
何ひとつ上手くいかない日々。マネジメント、0期生との会話、生徒集客などかなり苦戦。
「青楓館って思ってたんとちゃう…」と離れていったメンバーもいた、と書かれています。それでも2023年4月、入学式には27名の生徒が並びました。
1年4ヶ月で立ち上げました。0期生を30名集めて、ボランティアを90名集めて。
「岡内、サラリーマン向いてないぞ」
起業したいと思ったことは、一度もなかった。背中を押したのは二度倒産した先輩社長
Q今の自分をつくった、最も大きな転機はどこにあったのでしょうか?
岡内:実は、学校を作れると思っていなかったし、起業したいとも思っていなかったんです。
サラリーマンをしていると、自分より優秀な人しかいないし、経営者なんて雲の上の存在に見えていて。
そんなときに、クビになったんですよ。そこで「岡内はサラリーマン向いてない、起業せい」と入ってくれた先輩社長がいたんです。
子どももいる、奥さんもいる。知識はあっても起業に踏み出せない。でも岡内、お前はいないだろ。今しかないだろ、と。それで、起業しました。
「クビ」という言葉を、岡内さんは隠していません。自身のnoteでは、「サラリーマンとしての最終職歴は『クビ』です」と明記しています。総合型選抜塾のあとに移ったコピーライター事務所は、2か月で退職しました。
同じnoteには、こうも書かれています。中学校の頃に大きな挫折を経験しており、失明しかけていること。ASDという障害を抱えていること。
それらを、彼は財産と呼びます。
教育って、どんな辛い過去も、コンプレックスも、人生を輝かせるスパイスに変えることができるんです。
「辛い経験をできてよかった」と思える瞬間を、教育を通じて届けたい。青楓館が掲げるミッション「子どもの未来を守る」の背後にあるのは、この実感です。生徒の8割が不登校を経験している学校を、失明しかけ、クビになり、発達障害を持つ人間が率いている。この構図自体が、青楓館という学校のメッセージになっています。
先輩社長の言葉から動くまでは、速い展開でした。2021年12月、株式会社エドジックを設立。同じ月に、藤原さんへ学校づくりの連絡を入れています。そして2022年7月28日、株式会社青楓館を設立しました。
「今しかないだろ」という一言について、岡内さんは後に、こう言い換えています。
リスクを取れる状況にある人間が、リスクを取らないでどうするんだ。
独立にあたって迷いがなかったわけではありません。ただ、「自分のなかでやるべきことが明確だったので、迷いよりも『やるしかない』という気持ちの方が大きかった」と語っています。
サラリーマンをしていると、経営者なんて雲の上の存在に見えていたんです。
4社のクライアントが、同時に消えた
「たった数十万、数百万で、人は下がるんだ」——1円のありがたみを知った日
Qこれまでで一番苦しかったことを教えていただけますか?
岡内:青楓館とは別の会社を起業して、すぐの頃です。
クライアントが4社あったんですが、急に4社とも終了になってしまって。理由ははっきりしていて、いただいているお金よりも下のバリューしか出せていなかったんです。
来月から稼ぎがない。家賃の支払いはある。夢もある。どうしよう、と頭が真っ白になりました。
たった数十万、数百万で、人は下がるんだな、と。お金を稼ぐ難しさを、そこで痛感しました。
時系列でいえば、これは2021年12月に設立した株式会社エドジックでの出来事にあたります。青楓館の準備と並走していた時期です。校舎の場所を決め、クラウドファンディングを走らせ、ボランティアを集めていたその裏側で、生活の土台が消えていました。
学校づくりという長期の夢と、来月の家賃という短期の現実。その両方が同時に机の上にあった、ということです。
Qその状況を、どう乗り越えたのでしょうか?
岡内:今の役員が支えてくれました。
頭が真っ白になった自分の代わりに、ブレインをやってくれたんです。
ここで言及されている役員のひとりが、学院長の藤原照恭さんです。前述のとおり、岡内さんより5歳年上で、かつて岡内さんを採用した側の人物でした。国際協力と外資系コンサルティングという、まったく別の道を歩んできた人が、5歳年下の元部下の事業についてきた。
岡内さん自身、この構図の重さを認識しています。公開インタビューでは「自分より5歳上で、しかも自分を採用してくれた上司が、5歳年下のぺーぺーについてきてくれた」ことの意味を強調していました。
創業期の実態については、こう率直に語っています。
もちろんPLの通りには全然いかなかった。死にかけたこともあります。
Qその失敗から得た学びは、何だったのでしょうか?
岡内:お金をもらうありがたみですね。1円のありがたみ。
あとは、発注をもらっている=それ以上のバリューを出そう、という危機感です。それはいまも常にあります。
この「いただいた以上のバリューを出す」という危機感は、現在の青楓館の組織づくりにもそのまま流れ込んでいます。
青楓館の組織クレドの第一条は、「用の美」です。実用性を追求した結果として立ち現れる美しさ、という意味の言葉。岡内さんはこれを、「教育者たるもの、まず自分が背中で語れる存在でないといけない」という規律として運用しています。
その規律は、採用にもっともはっきり表れています。2025年4月から2026年3月までの採用で、青楓館高等学院の教員採用倍率は356倍を記録しました。採用人数9名に対し、応募総数は約3,211件。全国平均が2.9倍であることを踏まえると、桁が2つ違います。300倍超えは、これで2年連続です。
そして岡内さんは、この一次選考から全て自分で見ています。
在籍する教員は約20名。教員免許は必須条件ではありません。元中学校教員のほか、アパレル、ハウスメーカー、コンビニチェーン出身者も在籍しています。応募者に共通しているのは、「目の前の生徒一人ひとりに本当に向き合える環境で働きたい」「自分のキャリアや専門性を教育という形で活かしたい」という志向だと分析されています。
4社のクライアントを同時に失った人間が、いま、3,211件の応募を1件目から読んでいる。
発注をもらっている=それ以上のバリューを出そう、という危機感は、いまも常にあります。
何者でもないから、何者にでもなれる
「やりたいことは見つからない」が当たり前。だから、三角形を広げる
Qこれから社会に出る若者に、最も伝えたいことは何でしょうか?
岡内:「何者でもないから、何者にでもなれる」。これに尽きます。
起業する前の自分は、「何者かになりたい」「自分って何者なんだろう」と、ずっと葛藤していました。しがらみに縛られていたんだと思います。
でもいま思うのは、「何者かになりたい」という悩みは、裕福な、良い時間だということです。だからこそ、どうなりたいかを見つけていってほしい。
Qとはいえ、「やりたいことが見つからない」という声も多いのではないでしょうか?
岡内:そうなんです。むしろ僕は、「やりたいことは見つからない」のが当たり前だと思っています。
人は、知っているものにしか憧れを抱かないので。
学校、家、習い事。この三角形の外側を知っている学生が、本当に少ないんですよ。だから、この三角形の大きさを広げていく。知ってもらう。そこが大事なんだと思っています。
この「三角形を広げる」という言葉は、青楓館のカリキュラム設計そのものの説明になっています。
常時10件動いているPBL。企業の商品開発、地方の街おこし。社会人ゲストとの接点。自治体や大学との共同プロジェクト。海外160校を超える大学との提携。どれも「知っているものを増やす」ための装置です。学校の中だけで教育を完結させない、という方針は、理念であると同時に、この三角形を物理的に広げるための手段でもあります。
そして岡内さんは、生徒の変化の仕方について、印象的な観察を残しています。
変化は、徐々には来ない。ポンと来る。その証拠は、悩みの種類が変わることだ、と。
「学校に行けるかどうか」で悩んでいた子が、プロジェクトのリーダーになって「メンバーがついてこない」と悩んでいる。
もう、仕事の悩みじゃないですか——と、岡内さんは言います。三角形が広がった瞬間に、その子が立っている場所も変わっている。
Q見つかったときのために、若いうちに何を鍛えておくべきでしょうか?
岡内:見つかった時に踏み込めるように、ビジネス戦闘力・体力・愛され力を高めていこう、と伝えています。
青楓館では、「なんとかする力」と「愛され力」を鍛えていこう、という言い方をしていますね。
この2つは、青楓館のカリキュラムの3軸——「コミュニケーション」「心の成長」「ビジネス戦闘力」——と、きれいに重なります。
やりたいことが見つかるかどうかは、本人にもコントロールできません。だから青楓館が用意しているのは、「見つかった日に動ける状態」のほうです。三角形を広げて出会いの確率を上げ、出会ったときに踏み込める力を鍛えておく。順番が、逆になっていないのが特徴です。
開校から3年で、卒業生は約80名。うち6〜7割が大学へ進学しています。かつて「学校に行けるかどうか」で悩んでいた生徒たちが、それぞれの三角形の外側へ出て行きました。
何者でもないから、何者にでもなれる。
EDITOR'S NOTE / 編集後記
取材の冒頭、岡内さんは自校のことを「日本一生徒が変わる学校」と言い切りました。
数字を並べれば、その自負には根拠があります。19人から350名へ。教員採用倍率356倍。GAINS日本代表校。文部科学省EDU-Portニッポン採択。3年という期間で、ここまで積み上げた通信制高校サポート校は、ほとんど例がありません。
ただ、話を聞いていて印象に残ったのは、実績のほうではありませんでした。
この人は、自分の弱いところを隠しません。
失明しかけたこと。クビになったこと。ASDという障害があること。起業する前は「経営者なんて雲の上の存在」に見えていたこと。4社のクライアントが同時に去り、頭が真っ白になったこと。「たった数十万、数百万で、人は下がるんだな」という言い方には、そのときの自分への容赦のなさがそのまま残っています。
そして、それらすべてを「スパイス」と呼びます。
生徒の8割が、不登校を経験しています。彼らの前に立っている人間が、順風満帆な履歴書を持っていないというのは、おそらく偶然ではありません。「何を言うか」より「誰が言うか」——学生時代に教壇を見上げながら抱いた違和感を、岡内さんはいま、自分の側で引き受けています。
もうひとつ、印象的だったのが、既存の「寄り添う教育」への態度です。
不登校の子を守る場所をつくる、という話ではありません。守ることと、可能性を狭めないこと。その両方を同時にやろうとしている。その姿勢は、優しさよりも、はるかに強い意志の表明です。
「何者でもないから、何者にでもなれる」。
貯金10万円で学校をつくろうとした人が、220人の支援者と86人のボランティアと、5歳年上の元上司を巻き込んで、3年で350名の学校にした。この言葉を、彼は自分で証明しています。
青楓館高等学院が目指しているのは、生徒数1,000人と学校法人化、そして「日本の教育の王道になること」です。
オルタナティブスクールのままでは終わらせない。その宣言が、10年後にどう着地しているのか。岡内さんのこれからを、追い続けたいと思います。
岡内 大晟(おかうち・たいせい)青楓館高等学院 代表/株式会社青楓館 代表取締役。
1995年2月、大阪府八尾市生まれ。祖父が高校の校長、母が幼稚園の園長という教育一家に育つ。大阪府の浪速高等学校を経て、関西大学人間健康学部へ進学し、体育教員を志す。準硬式野球部で2〜3年次にキャプテンを務めた(中学2年時には、眼科医から失明の可能性を告げられ一度野球を離れた経験を持つ)。
2017年3月、関西大学人間健康学部を卒業。教員免許を取得し教育実習に臨むが、「社会のことを知らない自分が、社会に出ていく高校生に何を教えられるのか」という疑問から、教職ではなく就職を選択する。
2017年4月、株式会社Enjinへ入社。「日本で一番難しい営業」を求めて広告・PR領域の営業職に就き、約3年間で400人以上の経営者にインタビュー・商談を行う。学力ではなく個性・コミュニケーション・愛嬌・熱量が社会を動かしているという実感が、後の「個性教育」の出発点となる。
2020年5月、総合型選抜専門塾「AOI」を運営する株式会社花形へ入社。校舎責任者・営業責任者として50〜60名の生徒を担当し、初年度から担当校舎で合格率100%を達成。一方で、生徒と関われるのが週2〜3時間にとどまる塾という形態に限界を感じるようになる。
2021年12月、株式会社エドジックを設立。同月、前職の上司であった藤原照恭氏(現・青楓館高等学院 学院長)へ学校設立を打診する。2022年7月28日、株式会社青楓館を設立。クラウドファンディングで5,152,000円(支援者220名)を調達し、複業マッチング経由で集まった86名以上のプロボノスタッフ、客員講師22名とともに開校準備を進める。
2023年4月、兵庫県明石市に通信制高校サポート校「青楓館高等学院」を開校(初年度生徒19名)。同年2月には「U-30 KANSAI PITCH CONTEST」で最優秀賞を受賞。2026年4月には2校舎目となる芦屋校を開校し、開校3年で生徒数は約350名に達している。
青楓館高等学院(株式会社青楓館)2022年7月28日設立。資本金100万円。代表取締役・岡内大晟。兵庫県明石市相生町2丁目5番8号 J/1BLD 3F。企業スローガンは「日本を世界一の教育大国へ」。
通信制高校サポート校「青楓館高等学院」を、明石本校・芦屋校・オンライン校の3拠点で運営する。教育理念は「『右にならえ』の教育に終止符を。」。週1回の1on1メンタリング、常時10件規模のPBL(課題解決型学習)、企業・自治体との連携プロジェクトを軸に、完全オーダーメイドのカリキュラムを提供している。
2023年度、一般財団法人三菱みらい育成財団の助成プログラムに採択(自治体・企業連携型PBL、6地域100名派遣、助成額818.9万円)。2025年、一般社団法人教育AI活用協会(AIUEO)より「AI先端モデル校」に認定。同年8月、生成AIを活用する学校の国際ネットワーク「Global AI Nexus of Schools(GAINS)」に日本代表校として参画。令和8年度には文部科学省「EDU-Portニッポン」応援プロジェクトに採択され、日本・香港・シンガポール3校での「AI×社会課題」グローバル探究PBLを実施する。海外大学との提携は160校を超える。2025年度の教員採用倍率は356倍(採用9名/応募約3,211件、全国平均2.9倍)で、2年連続300倍超えを記録した。
コーポレートサイト:https://seifukan-gakuin.com/
