深夜3時のオペ室。心筋梗塞で運ばれてきた患者さんが、そのままICUへ運ばれていきます。
手術は成功しました。けれど、その部屋にいた全員が、不幸でした。
医師は帰れない。家族はICUの前で眠れない夜を過ごす。そして患者さん自身は、会社を背負った経営者でした。
「全員、アンハッピーなんですよ」
中田航太郎さんが、救急総合診療の現場で見ていた光景です。
その患者さんは、数か月前から胸の痛みを自覚していました。リスクが高いことも、指摘されていました。それでも、病院には行かなかった。
「運ばれてきた時点で、もう勝負は決まっているんです」
医師にできるのは、運ばれてきた人をなんとかすることです。けれど、運ばれてこないようにすることは、病院の中からではできない。
中田さんは、この一点のためにキャリアを組み替えました。
クリニックを開くか。起業するか。政治の道に進んで厚生労働省を動かすか。三つの選択肢を並べて、選んだのは起業でした。
「一番、早く遠くへ行けるのが起業だったんです」
2018年6月、株式会社ウェルネスを設立。パーソナルドクターによる予防医療サービス「Wellness Membership」は、2026年現在、約1,200名の会員に利用されています。年間の継続率は92.4%(2025年実績)。新規入会のおよそ6割が、既存会員からの紹介です。
掲げているのは、「予防医学の力で、防ぎえた後悔をなくす。」
そしてバリューの一番上に置かれているのは、事業の話ですらありません。
「Be ethical。倫理的であれ、ということです」
救急医が、なぜ「倫理」を会社の最上位に置いたのか。医師のまま病院に残るのではなく、なぜ会社をつくる道を選んだのか。そして「怠け者であれ」と若者に言う理由は、どこにあるのか。
中田さんの言葉でたどります。
「運ばれてきた時点で、もう勝負は決まっているんです」
50人以上の医師から、あなたに合う1人を
Qまず、現在どのような事業を展開されているのでしょうか?
パーソナルドクターの事業です。
一人ひとりに専属の医師がついて、人間ドックのデータをはじめとする健康情報をもとに、予防のための判断を一緒にしていきます。
やっていることを一言でいうと、「測って、積んで、任せる」です。
まず測る。そして、積む。積み上がったデータをもとに、判断は我々に任せていただく。すべては、質の高い判断を下せるようにするための仕組みです。
公式サイトに掲げられている3ステップが、そのままこの言葉です。「測る」——一人ひとりに合わせてカスタマイズした人間ドックで、現在地を正確に把握する。「積む」——毎年のデータを積み上げ、判断の土台をつくる。ここには「重要なのは数値ではなく、変化です」という一文が添えられています。そして「任せる」——専任のパーソナルドクターと直接つながり、チャットで相談する。
サービス名は「Wellness Membership」。年2回のオーダーメイド人間ドック、年4回のドクター面談、365日のチャット相談が可能です。
Q人間ドックだけなら他にもありますが、どこが違うのでしょうか?
人間ドックも、健康相談も、通院も、ご家族の相談も。この循環のなかで全部つながる、というところです。
普通は、人間ドックを受けた場所と、風邪をひいて行く場所と、家族の相談をする相手が、全部バラバラですよね。
うちは、そこが1本につながっています。
Qドクターの体制は、どうなっているのでしょうか?
50人以上のドクターがいて、そこからその方に合う1人を担当としてお願いしています。
全員、専門が違うんです。
たとえば、ご家族に心臓の病気の既往がある方には、循環器を長く診てきた医師を。数値の管理そのものが主題になる方には、生活習慣病に向き合ってきた医師を。
「誰でもいいから医者を1人つけます」ではなくて、その人の人生のリスクに合う1人を、こちらで選んでお出しする。そこは、かなりこだわっています。
Qデータの扱いについては、どんな考え方をされていますか?
アプリケーションで、すべての情報を統合管理しています。
睡眠のデータ、遺伝子検査の結果、健康診断の数値。バラバラに存在しているものを、1か所に集める。それをもとに、プライベートドクターが改善提案をします。
たとえるなら、マーケティングとセールスを分けて考えても意味がないのと同じなんですよ。
睡眠だけを見て「睡眠を改善しましょう」、血液データだけを見て「コレステロールを下げましょう」と言っても、その人の生活は変わらない。
断片的なアドバイスではなく、データ全体を見て伝えることができる。そこが、一番の違いだと思っています。
2018年の創業以来、同社は「Wellness App」と呼ぶ自社アプリで医療情報の集約・統合・分析を進めてきました。パーソナライズ予防の土台となるインフラです。2024年4月にはニッセイ・キャピタルをリード投資家とするシリーズAで2.8億円を調達(累計3.8億円)。当時のARRは2億円を突破し、MRRは月次8〜10%で伸びていました。
2025年9月3日には、完全会員制・住所非公開のパーソナルドクターサロン「Wellness Dr.'s Office」を開設。設計はSUPPOSE DESIGN OFFICEの谷尻誠氏・吉田愛氏が手がけました。医師と患者が机を挟んで向き合うのではなく、横並びで対話する設計になっています。
運ばれた時点で、勝負は決まっている
Q医師として現場に立たれていた頃、予防に向かうきっかけになった出来事は何だったのでしょうか?
心筋梗塞で倒れた方の対応をしていた夜のことです。
深夜3時までオペ室にいて、そのままICUへ。
そのとき、部屋にいた全員がアンハッピーだったんです。
医者は帰れない。ご家族はICUの前で不安なまま夜を明かす。そして患者さんは、会社を経営されている方でした。
Qその患者さんは、事前に予兆があったのでしょうか?
数か月前から、痛みがありました。
リスクが高いことも分かっていた。それでも、病院には行かずに放置されていたんです。
医者にできるのは、病院に運ばれてきた人をなんとかすることです。でも、運ばれた時点で、もう勝負は決まっている。
だったら、運ばれないようにしたほうがいい。
そこから、予防医療に興味を持ちました。
中田さんは別のインタビューで、この構図をこう表現しています。「川の上流でダムが決壊しかけて水が溢れ出そうとしているのに、下流で必死にバケツで水を汲み出しているのが今の救急現場」。
中田さんが医師を志したのは、ずっと前のことです。1991年に千葉県で生まれ、幼少期をアメリカ・ピッツバーグで過ごしました。帰国後の4〜5歳のころ、小児喘息で入院します。そのときの主治医が、中田さんの目にはヒーローのように映りました。父親も医師だったため、その夢は抵抗なく持ち続けられたといいます。
医学部5年生の心臓血管外科の実習で、50代の経営者が心筋梗塞で搬送されてくる場面に立ち会いました。その患者さんは1年ほど前の人間ドックで指摘を受け、通院を指示されていたにもかかわらず、受診していませんでした。「事件は病院の外で起きている」——中田さんが当時そう感じたことは、複数の媒体で語られています。
救急総合診療という進路そのものが、その延長にありました。特定の臓器ではなく、患者さんの人生全体に向き合うジェネラリストでいたい。そう考えて、東京医科歯科大学医学部を卒業後、東京逓信病院で初期研修を積み、救急総合診療の道へ進んでいます。在学中には、早稲田大学の大学院でマインドフルネスの研究にも取り組みました。10年以上続くこの瞑想の習慣が、のちに経営者としてのメンタル管理を支えることになります。
Q治療の限界を、数字で感じる場面もあったのでしょうか?
病気が進行した状態で運ばれてくる方は、珍しくありません。
その段階になると、治療の成果はあまり期待できないんです。
たとえば大腸がんのステージ4の場合、世界一の名医が診たと仮定しても、5年生きられる可能性は2割を下回ります。
だから僕は、戦略的な予防医療は、名医による治療に勝ると思っています。
もうひとつ、中田さんの進路を決定づけた言葉があります。担当していた末期がんの患者さん——コンビニエンスストアを創業した経営者でした——から、こう言われたのです。
「君みたいに話をしっかり聞いてくれる医者と、もっと早く出会いたかった」
健康なうちから、人生を一緒に考えてくれる医師。それを職業として成立させれば、この後悔は減らせる。パーソナルドクターという発想は、この一言から輪郭を得ています。

一番、早く遠くへ行けるのが起業だった
Q予防医療をやると決めたとき、病院に残るという選択肢はなかったのでしょうか?
病院で働いていたら、実現できないと思ったんです。
予防は、病院の外の話なので。
選択肢は3つありました。クリニックで働くか、起業するか、政治の道に行って厚労省に入るか。
Qその3つから、どうやって起業を選ばれたのでしょうか?
一番、早く遠くへ行けるのが起業でした。
それだけです。
制度を変えるのは時間がかかるし、クリニック1軒では届く人数に限りがある。
一番遠くまで、一番早く行ける手段はどれか、という選び方をしました。
Q医師が起業することへの、周囲の反応はいかがでしたか?
起業家の友達が多かったので、あまり止められませんでした。
もし周りが医者ばかりだったら、「せっかく医者になったんだから」と言われていたと思います。
環境の影響は、大きいですね。
誰と時間を過ごしているかが、選択肢の見え方そのものを変えていた、ということです。
起業を決めるまでに、中田さんはアメリカの予防医療系スタートアップ——会員制プライマリケアの「Forward」など——を実地で研究しています。日本で同じモデルが成立するのか、どう変形させる必要があるのか。そのうえで、2018年6月20日に株式会社ウェルネスを設立しました。初期の資金は、友人の会社から調達した500万円。それでMVPをつくり、そのプロトタイプを持って次の調達に向かっています。
なお中田さんは、起業後も臨床を離れていません。過去のインタビューでは、週2日程度は医療現場に立っていると語られています。
Q創業してすぐに、いまの形になったのでしょうか?
いえ、最初は「すべての人を助けたい」という思いが強すぎました。
その結果、誰に向けたサービスなのかが曖昧になって、誰も買わないようなものができてしまった。
2021年に「経営者向け」とポジショニングを明確にしてから、ようやく軌道に乗りました。
経営者を選んだのは、単価が取れるからではありません。経営者の健康状態が事業に与える影響は、とてつもなく大きいんです。
社長の病気は、会社にとって最大の経営リスクです。いわばBCP(事業継続計画)の話でもある。
それに、意思決定の質や生産性が1〜2%改善するだけでも、長期的には数億円、数百億円規模の事業インパクトになります。
この「経営者向けへの絞り込み」は、公開インタビューで繰り返し語られている転換点です。「すべての人を助けたい」という創業者の善意が、かえってプロダクトの輪郭をぼやけさせた。その反省から、2021年に一度ターゲットを絞り込み、そこからサービスは伸び始めました。現在の会員は、中小企業の代表、シリーズA以降のスタートアップ経営者、上場企業の経営層、弁護士や会計士といった要職者が中心です。
ビジネスとして当たり前のことをやっている医者が、少ないんです。
情報バイアスを食い物にするサービスが、多すぎる
Qウェルネスのバリューの最上位に置かれているのが「Be ethical」だと伺いました。なぜ倫理を一番上に置いたのでしょうか?
「Be ethical」=「倫理的であれ」を、バリューの一番上に置いています。
理由はシンプルで、ヘルスケアの領域には、情報バイアスを食い物にしているサービスがあまりにも多いからです。
誰かが使っているから。なんとなく高いから。それっぽいエビデンスがついているから。
そういう理由で選ばれてしまうものが多すぎる。
Q医師から見ると、その状況はどう映るのでしょうか?
医者で、本気で予防医療を経営している人が、ほとんどいないんです。
だから、正しい情報を持っている人が事業をやっていない、という構造になる。
そこに、バイアスを利用するプレイヤーが入ってくる。
僕は、そこに対して愚直にやりたいと思っています。
相手を幸せにしてお金をもらうのが、ビジネスの基本ですよね。
Q医療業界は、その「基本」が働きにくい構造なのでしょうか?
そう思います。
医療業界だと、価格は決まっているし、患者さんは放っておいても来るんです。
本質的に、お客さんの体験価値を上げよう、という発想になりにくい。
しかも3割負担ですから、目の前のお客さんよりも、国がお金を出してくれるビジネスモデルになっている。
ビジネスとして当たり前のことをやっている医者が、少ないんです。
だから僕らは、当たり前のことを当たり前にやる。それだけで、差がつくと思っています。
「Be Ethical」は社内の口伝ではなく、対外的にも明言されている価値観です。資金調達時のインタビューでも、中田さんは「スケールを急ぎすぎず、数十年後も必要とされるプロダクト」をつくる姿勢として、この言葉を挙げています。
会社が掲げるコアコンセプトは5つ。Personalized(ひとりひとりにとってのベストを追求する)、Neutrality(健康をゴールとした中立的な立場)、Preventive(未来の健康を守る)、Data driven(データに基づく)、Evidence based(科学的根拠に基づく)。2つめの「中立性」は、「売りたいものを売らない」という宣言です。特定の検査や商品を売るためのポジショントークをしない、というルールを、企業価値観の位置に置いていることになります。
そして、モチベーションの源泉を問われたとき、中田さんはこう答えています。「本質的なことをやりたいということに尽きます」「正しいことをやっているという感覚が、継続するモチベーションになります」。

P/L思考ではなく、B/S思考で
Qこれまでで一番苦しかったことは何でしょうか?
これが、あまりないんです。
予防医療の会社なので、やばくなる前に動いちゃうんですよ。
事業を多角化しすぎて成長が止まったり、変な人を採用してしまったり、そういうことはありました。
でも、「本当にやばい」という状態にはなっていません。
Qメンタルの支えになっているものはありますか?
瞑想を10年くらいやっています。
そのおかげか、メンタルをやられることは、あまりないですね。
大学院でマインドフルネスの研究をしていたこともあって、事実と解釈を切り分ける訓練は、ずっと続けています。
Q事実と解釈を切り分ける、というのは?
起きた出来事そのものと、それに対する自分の解釈は、別物だということです。
たいていの苦しさは、解釈のほうから来ている。
そこを分けられると、状況が同じでも、判断の質は変わります。
中田さんが自身に課している健康管理は、そのまま会員への処方でもあります。睡眠は毎日7〜8時間を確保する。「睡眠不足での意思決定は、酒を飲みながら仕事をしているのと変わらない」という言い方をしています。運動は隙間時間の歩行で積み上げ、食事は血液データをもとにコレステロールや血糖値を戦略的に調整する。そしてメンタルは、10年以上続くマインドフルネス。
Q苦しい局面に入りかけたとき、どう考えるのでしょうか?
5年後、10年後から逆算して考えます。
いま目の前で起きていることが、5年後にどれくらいの意味を持つのか。
そう考えると、たいていのことは大きな問題ではなくなります。
Q失敗から得た学びを、一つ挙げるとすれば?
放っておくとP/L思考になってしまうので、B/S思考で考えるということです。
今期いくら儲かったか、という見方だけをしていると、判断を間違えます。
ブランドも、カルチャーも、人材も、全部バランスシートに載る資産なんです。
その資産が積み上がっているかどうかで見る。そうすると、短期の数字のために資産を削るような意思決定をしなくなります。
このB/S思考は、中田さんが健康を語るときの論理とまったく同じ構造をしています。別のインタビューでは、成功し続けているエグゼクティブの共通点として、「P/L(損益計算書)思考」ではなく「B/S(貸借対照表)思考」であることを挙げています。健康は、今期の損益には現れない。けれど確実にバランスシートに載っている資産で、しかも一度大きく毀損すると取り返しがつかない。
会社の経営と、身体の経営を、同じ言葉で説明できる人です。
健康と時間を守って、お金を稼ぐ。
富裕層以外にも、予防医療を届ける
Q今後、実現したいことを教えていただけますか?
2つあります。
1つは、既存の会員の方への提供価値を、周辺領域に広げていくこと。
ジムやサプリメント、店舗をつくること、美容の領域まで含めて考えています。
健康を守るという目的に対して、医療だけで完結する必要はないので。
Qもう1つは何でしょうか?
富裕層以外に向けた、法人向けサービスの展開です。
いまは経営者の方が中心ですが、そこで終わるつもりはありません。
働いている方々に、法人を通じて届ける形をつくっています。
Q最終的には、どんな状態を目指しているのでしょうか?
起業したら、医師・弁護士・税理士を探すのが当たり前、という社会にしたいですね。
パーソナルドクターを持っていることが、ビジネスリーダーのスタンダードになる。
その次に、もっと多くの人に広げていく。
「予防医学といえばウェルネス」と言われるリーディングカンパニーになることを、目指しています。
公開されている構想では、この先にさらに大きな絵があります。蓄積された会員データを活用した「AIドクター」のような仕組み。データ×ヘルスケア領域における、アジアのパイオニアというポジション。そして、プライマリケアへのアクセスを最適化するインフラになること。
すでにその周辺は動き始めています。会員向けの「Wellness Longevity Community」、医師のキャリア支援を行う「Wellness Dr.Salon」、2026年7月には医師監修のオウンドメディア「Wellness Magazine」をリリースしました。2025年9月に開いた「Wellness Dr.'s Office」も、会員同士のコミュニティ形成、対面での信頼関係の構築、そして新しいコンテンツのテストフィールドという3つの狙いを持った場所です。
QAIが進化していく中で、医師の価値はどこに残ると考えていますか?
3つだと思っています。問いを立てること。意思決定をすること。感情を動かすこと。
AIは、データからリスクを算出することはできます。
でも、「なぜ改善したほうがいいのか」を、その人の人生の文脈でモチベートすることはできない。
人が行動を変えるためには、結局、信頼関係が必要なんです。
だから我々は、テクノロジーでデータを把握しつつ、意思決定と心理的なケアは人が担う形にしています。
中田さんは、パーソナルドクターを「ライフクルー」——人生という航海をともにする船医——と呼んでいます。問題が起きてから医者を探すのではなく、航海に出る前から乗り込んでもらう。その発想が、サービスの設計そのものになっています。

老後をなくすことを、考えたほうがいい
Qこれから社会に出る若い方に、最も伝えたいことは何でしょうか?
ジム・ロジャースの受け売りになってしまうんですが、「懐疑的であれ」「物事・世の中を疑え」ということです。
皆がこうだと言っていることは、だいたい違います。
最初にそれを言っていた人は儲かるけれど、みんなが言い始めてから入っていくのは、もう違うんです。
全員が「良い」と言っているときに、「本当か?」と疑えるかどうか。
この「疑え」という構えは、少年時代の読書が下敷きになっています。ナポレオン・ヒルの著作と、漫画『ドラゴン桜』から「"なぜ"を唱えろ」という姿勢を、ピーター・ティールからは「常識とは、環境に合わせて変わるべきもの」という視点を受け取ったと、中田さんは別のインタビューで語っています。
Q疑ったうえで、何を基準に選べばいいのでしょうか?
時間軸を長く取ることです。
世の中は変わりまくります。だから、10年後・30年後から逆算する。
予防医療は、人類が存続し続ける限り必要とされます。だから僕はここにいます。
マクロの視点を持って、流行り物に食いつかない。それだけで、かなり違うと思います。
Qもうひとつ、伝えたいことはありますか?
「人と違う考え方をしろ」ということ。
そして、「怠け者であれ」ということです。
Q「怠け者であれ」、ですか?
はい。15時間働き続けることは、続かないんですよ。
6時間働く、みたいな状態をどうつくるか。
ブラックはダメですが、グレーはありだと思っています。怠け者として、ギリギリを攻める。
Qがむしゃらに働くことを否定されているわけではない、と?
がむしゃらに頑張るのも良いんです。ただ、それだと1を10にはできても、100にはいけない。
楽をして稼ぐ。ストレスなくゴールを達成する。身体と精神を削らない。
健康と時間を守ってお金を稼ぐ。
身体を壊しながら稼ぐのは、全体のポートフォリオとしてマイナスなんです。
Q予防医療の会社を経営されているからこそ、その基準は揺るがないのでしょうか?
死ぬ間際に、お金の話をする人はいません。
言うのは、「もっと思い出を作っておけばよかった」「家族と時間を過ごせばよかった」です。
だから、レバレッジをどう効かせるかを常に考えたほうがいい。
Q老後のために備える、という考え方についてはどう思われますか?
老後に備えてしまっている人が、多すぎると思います。
老後をなくすことを考えたほうがいい。
イヤイヤ働いてお金を作って、あとで楽しむ、という考え方ですよね。でも、本人が想定している老後が来るとは限らないんです。
常に、明日死んでも良いくらいにバランスよく過ごす。
まとめると、「今を生きろ」というメッセージになるかなと思います。
Q逆算という言葉が何度も出てきますが、目標設定についてはどうお考えですか?
「ゴールから逆算して考えろ」ということです。
たとえば「前期よりも30%成長させたい」という目標は、「何のためなの?」となってしまう。
そうではなくて、「10年後に1万人が使っているサービスにしたい」と決める。そこから逆算すると、この数字になりますよね、という目標設定をする。
順番が逆なんです。
救急の現場で、運ばれてきた時点で勝負が決まっていることを見てきた人の言葉です。そして自身の会社も、「今期いくら」ではなくバランスシートで見る人の言葉でもあります。
「今を生きろ」と「10年後から逆算しろ」は、一見すると反対のことを言っているように聞こえます。けれど中田さんの中では、同じ一つのことです。遠くのゴールを決めておくからこそ、今日という一日を、我慢の日にしなくて済む。
EDITOR'S NOTE / 編集後記
中田航太郎さんの話には、同じ構造が何度も出てきます。
運ばれてきてからでは遅い、という話。
今期の損益ではなく、バランスシートで見るという話。
老後のために今を我慢するのをやめよう、という話。
全部、「決着がつくのはもっと前だ」という話です。
救急の現場で中田さんが見ていたのは、手術の成否ではありませんでした。数か月前に胸の痛みを放置した、という時点で、その夜の結末はほとんど決まっていた。オペ室にいた全員が不幸だったのは、医療の腕の問題ではなく、時間軸の問題だったわけです。
だからこの人は、時間軸を前にずらす仕事を選びました。病院の中から外へ。治療から予防へ。そして「点」から「線」へ。
同時に、この人は「頑張る」ことをあまり信用していません。15時間働き続けることは続かない、と言い切る。怠け者であれ、と若者に言う。身体を削って稼ぐのはポートフォリオとしてマイナスだ、と言う。
予防医療の経営者として、これほど一貫した発言もないと思います。健康は、精神論では守れない。仕組みで守るものだ、ということを、自分の働き方でも証明しようとしている。
そして、バリューの最上位に置かれているのが「Be ethical」であること。
医療業界は、価格が決まっていて、患者が放っておいても来て、お金の多くは国が払う。だから顧客体験を上げる動機が働きにくい——その構造をここまで率直に語れる医師は、あまりいません。そのうえで、「相手を幸せにしてお金をもらうのがビジネスの基本」という、拍子抜けするほど当たり前の原則に立ち返る。
当たり前のことを、当たり前にやる。それだけで差がつく。
倫理を掲げる会社は多くても、それを競争優位として説明できる会社は多くありません。
深夜3時のICUから始まった話が、「今を生きろ」に着地する。その距離を、この人は8年かけて事業にしてきました。
1991年、千葉県生まれ。幼少期をアメリカ・ピッツバーグで過ごす。帰国後、小児喘息での入院時に出会った主治医に憧れ、4歳で医師を志す。
東京医科歯科大学医学部卒業。在学中は早稲田大学大学院でマインドフルネスの研究に取り組む。
卒業後、東京逓信病院で初期研修を経て、救急総合診療医として勤務。救急の現場で「もっと早く出会えていれば防げた死や後悔」に数多く直面し、予防医療の社会実装を志す。
2018年6月、株式会社ウェルネスを設立。2021年1月、パーソナルドクターによる予防医療サービス「Wellness Membership」をリリース。2024年4月にシリーズAで2.8億円(累計3.8億円)を調達。2025年9月、完全会員制のパーソナルドクターサロン「Wellness Dr.'s Office」を開設。現在、会員数は約1,200名。
